秘められた意図をもった結婚―子どもをテロリストに― |
『不二』2006年6月号(不二歌道会)
秘められた意図をもった結婚
――子どもをテロリストに――
島田洋一(福井県立大学教授、「救う会」副会長)
四月二七日、横田早紀江さんと共に、米議会下院の「国際拉致問題」公聴会で証言してきた。拉致被害者救出運動に関係していなければ、アメリカの議会で証言する機会など、多分一生なかっただろう。準備は大変だったが、得難い経験をしたと思う。
証言の中で触れた一点について、やや詳しく敷衍してみたい。準備の過程で、曽我ひとみさんの夫ジェンキンス氏の回想録『告白』(角川書店)を読み返していて、重要な一節に行き当たった。
ジェンキンス氏は、北朝鮮において他の三人の脱走米兵、ドレスノク一等兵、アブシャー二等兵、パリッシュ伍長と、時に一緒になったり時に離されたりの生活をしていたというが、これら四人の脱走米兵は、すべて海外から拉致された女性と結婚している。
曽我ひとみさんとジェンキンス氏の間には、二人の娘が生まれた。幸い彼女らは北朝鮮を抜け出せ、現在日本で暮らしている。
日本で仕事があると騙され、北朝鮮に連れてこられたレバノン人、シハーム・シュライテフさんは、パリッシュ氏と結婚し、三人の息子をもうけた。パリッシュ氏は一九九七年に他界したが、彼女と三人の息子は今なお北朝鮮にいる。
マカオから拉致されたタイ人、アノーチャ・パンジョイさんはアブシャー氏と結婚した。アブシャー氏は一九八三年に死亡し、その数年後、アノーチャさんはジェンキンス氏に対し、ドイツ人男性と再婚することになったと語っている。
イタリアにいるとき拉致されたドナという名のルーマニア人女性は、ドレスノク氏と結婚した。ドナさんは一九九七年、肺ガンで亡くなり、その後ドレスノク氏は、ダダという名の女性(北朝鮮とトーゴのハーフ)と再婚している。
さて、ジェンキンス氏は、回想録の中で次のように述懐している。
一九九五年、幹部たちが何人かやってきて私たちに告げた――「金正日同氏の偉大なるお心遣いによって、あなたがたの子どもたち全員が平壌の外国語大学へ入学できることになった」。その時、「組織」が私たちの子どもたちを全員工作員に仕立て上げようとしていることを私は知った(注・一九八七年の大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫も、この大学から工作機関にピックアップされた)。連中が始めから計画していたのかどうかはわからない。私たちが最初から「工作員養成計画」に組み込まれていたわけではないと思う。しかし子どもができるようになると、誰かが子どもたちの扱いを考え始め、その潜在的価値に気づいたのだろう。考え始めると、すべては自明に思えてきた。
考えてみてほしい。私たち元米国兵が北朝鮮に暮らしていることを知っている人は、北朝鮮国外にはほとんどいない。その上、私たちが結婚していることを知る人はさらに少なく、子どもがいることを知っている人などもっと少ない。一目見れば、このアパートの子どもたちが北朝鮮側の工作員として最適な人材であることがすぐ分かる。単純に、外見からして北朝鮮の工作員というイメージとはかけ離れているからだ。ドレスノクとドナの子どもたちはヨーロッパ人のように見える。パリッシュとシハームの子どもたちは中東の人のようだ。そしてわが家の娘たちはアジア系米国人に見える。アジア系米国人の顔をした北朝鮮工作員がいるなどと、誰も思いもしないはずだ。そうだとすれば、どれほど強力な工作員になれるかは明らかだ。
韓国には米国兵と韓国人女性の間に生まれた子どもたちが大勢いる。だからわが家の娘たちもソウル市内や米軍基地を平気な顔をして歩けるはずだ。完全に韓国人のような顔の若者がうろつくほうがずっと怪しい。娘たちは米軍の人事課に出入りすることもできるだろう。父親は韓国人の母親を見捨てた米兵で、行方を捜しているとでも言えばいい。そして米軍として何かしてもらえないか、記録を見せてもらえないか、などと要求することもできるだろう。私の娘たちでさえこうなのだから、ドレスノクとドナ、パリッシュとシハームの子どもたちはもっと強力な武器になることは、誰にでも分かるはずだ。
アジア系の血を一滴も受け継いでいない中東系、ヨーロッパ系の北朝鮮の工作員がヨーロッパや中東や、さらに米国でまで活動しているとしたら?アジア系の工作員よりずっと意表を突けるだろう。
「組織」の幹部は、ジェンキンス氏に対し、「われわれが経験から学んだことは、少女たちこそ最も優れた革命家になれるということだ。そう、女性革命家をわれわれは必要としているのだ」とも言ったという。ジェンキンス氏は、「北朝鮮で『革命家』といえば『工作員』のことだ」と解説した上、「直接私の娘のことには触れなかったが、言われなくても明らかだった」と述べている。
米国防総省で、なぜ拉致が日朝二国間の問題ではなく、国際的問題であるかの一例として、この点を簡単に説明したところ、居並んだ高官たちが、かなりの関心を示し、面談の後、具体的な質問なども受けた。公聴会の証言では、この部分を次の言葉で締め括った。
こうしたことに鑑みれば、北朝鮮によって拉致された女性たちは二重の苦悩に苛まれているようだ。最初は、若くして突如将来の夢を奪われた拉致被害者として。次いで、自らが心から憎む北朝鮮という国家の秘密工作員になることを強いられる子どもの母親として。
曽我ひとみさんとともに北に拉致された母のミヨシさんはいまだ行方不明のままである。北朝鮮は、ミヨシさんが入国した記録はないと無関係を主張しているが、ふざけた話であり、何の信憑性もない。ひとみさんは、娘を工作員に仕立てられる不幸からは免れたものの、いまなお解放されない拉致被害者の娘であり続けている。