【正論】「憲法改正」の忘れられた論点 |
産経新聞
【正論】「憲法改正」の忘れられた論点
福井県立大学教授・島田洋一
2022/10/13
自傷的政策が放置される
日本が何をおいても守るべき原理原則、人によっては「国是」とまで称する①非核三原則②専守防衛③集団的自衛権不行使を、もし米国が採用したらどうなるか。当然、「核の傘」も日米安保条約もなくなる。
日本は、人権や国際法など眼中にない核保有国、中露、北朝鮮に、恣(ほしいまま)に蹂躙(じゅうりん)されるに至ろう。
米国に「絶対採用しないでくれ」と頼まねばならない政策が原理原則として成り立つはずがない。ましてや「国是」とは欺瞞(ぎまん)の極みだろう。
右の3つの「原理原則」は、敵方が採用してくれると助かるが間違っても自らが採用してはならない自傷的政策の典型といえる。
以下、憲法改正に関していくつか問題提起をしたい。自民党の改正案(平成30年「素案」)は、自衛のための実力組織として「自衛隊を保持する」と記している。これに対し、河野克俊前統合幕僚長が次のように述べている。
「まず第一歩として自衛隊明記を行い、合憲、違憲の不毛な議論から卒業することには賛成する。ただし本来は国防軍の保持を明記し、他国のようにネガティブ・リスト(やってはいけない例外を規定)の国防軍法を制定すべきだ」
正論だろう。ただし憲法に「第一歩として自衛隊明記」を行うと、より堂々とした構えで、国際標準にも適(かな)う「国防軍」に改称する際、再び両院の3分の2の支持を集めねばならない。日本の現状に鑑(かんが)みて、至難の業だろう。
おそらく正解は、憲法の次元では「自衛権に基づく実力行使のための組織を保持する」とのみ記し、組織名は法律に委ねることではないか。それなら、憲法改正の実現後に、衆参両院の過半数の賛成があれば、名称を変えられる。
ちなみに「自衛権に基づく実力行使のための組織を保持」は、立憲民主党の枝野幸男前代表が、憲法改正案を提示した際に用いた表現である(文芸春秋、25年10月号)。当然、立民の常識ある議員(どれだけいるか知らないが)において異論はないだろう。
手を縛る前文は不要
なお自民党の改憲「素案」は前文に触れていない。しかし内容的に9条と一体であり、いつまでも放置できない。
前文は、当初、日本の軍事的無力化を占領目的とした連合国軍総司令部(GHQ)が、「政府」の手を縛るため念入りに反軍思想を綴(つづ)った冗長極まりない文である。本国米国の憲法前文は簡明で、日本版(GHQ版)の5分の1の分量しかない。しかも「共同の防衛に備え」など、真逆を向いた文言が入っている。
本文でも、「大統領は、合衆国の陸軍および海軍ならびに合衆国の軍務に就くため招集された各州の民兵団の最高司令官である」や、議会の権限として「陸軍を編成し維持」「海軍を創設し維持」「陸海軍の統帥および規律に関する規則を定める」などと軍の存在が明記されている。
日本国憲法前文は、ひとまずすべて削除するのが正解ではないか。前文は、設けるにしても簡潔を旨とすべきだろう。
GHQから憲法原案(マッカーサー草案)を渡された幣原喜重郎内閣は、最初の対案において、前文を全面削除している。GHQが認めず復活させられたものの、問題意識は、当時の政治家の方が現在よりまさっていた。
最高裁判事の人事
もう一つ重要論点に触れておきたい。米国憲法は、連邦裁判官の人事について、「大統領が指名し、上院の助言と承認を得て任命する」と議会の関与を明記している。すなわち上院が承認しない限り、裁判官は就任できない。
一方、日本国憲法は「国権の最高機関」国会が成立させた法律を違憲として無効化できる強大な権限を最高裁に与えながら、人事を完全に内閣の恣意(しい)に委ねている。つまり国会は終始蔑(ないがし)ろにされている。なぜ国会議員はそこを憲法改正の課題としないのだろうか。
現在、会計検査院はじめ39機関の委員等のポジションが、衆参両院の承認を要する「国会同意人事」となっている。最高裁の人事に国会が関与できないのは、普通に考えておかしいだろう。
日本の司法人事は、公聴会に被指名者が出席して質疑が交わされ全米にテレビ中継される米国とは比較にならないほど透明度が低い。当然ながら、怪しげな人事が後を絶たない。
一例のみ挙げておこう。20年10月に「行政官枠」で最高裁判事に就任した竹内行夫氏は、外務事務次官当時、「制裁は北朝鮮を刺激するだけ」「帰ってきた5人の拉致被害者は北との約束通り送り返すべき」等の発言を繰り返した人物である。「高い見識を持ち、法律に詳しい」という人事要件に適うとは到底思えない。国会同意人事なら、当然有志議員が厳しく追及したはずである。
裁判官「国民審査」の無意味さは誰もが知っている。憲法改正で、就任までの手続きを変えねばならない。(しまだ よういち)

