【正論】抑止力強化へ悪しき洗脳を解け |
正論
抑止力強化へ悪しき洗脳を解け
福井県立大学教授・島田洋一
2022/8/16
ペロシ米下院議長の台湾訪問をめぐって軍事的緊張が高まり不測の事態も懸念される中、岸田文雄首相は日本を離れニューヨークに赴いた。8月1日、国連で開かれた「核拡散防止条約(NPT)運用検討会議」で核廃絶を訴えるためである。「ヒロシマ・アクション・プラン」と名付けた演説に特に目新しい要素はなかった。
台湾の危機にあたり
「尖閣諸島や与那国島は台湾から離れていない。台湾への武力侵攻は日本に対する重大な危険を引き起こす。台湾有事は日本有事であり日米同盟の有事でもある」。この安倍晋三元首相の言葉は主張ではなく単純にファクトである。
琉球諸島南部が自動的に戦域となるに留まらない。米偵察機は沖縄本島の嘉手納基地を拠点とする。台湾をカバーする米第7艦隊の主力をなす空母ロナルド・レーガンも旗艦ブルーリッジ(揚陸指揮艦)も横須賀が母港である。
中国共産党政権(以下中共)が台湾侵攻を敢行するに当たっては当然、嘉手納、横須賀等も潜在的攻撃対象となるだろう。
ペロシ議長を乗せて台湾に向かう米軍用機に、中国軍機が危険行為を仕掛ける可能性もあった。その時間に官邸を空け、現実性ゼロの「核廃絶」パフォーマンスに走った岸田氏に、自衛隊の最高指揮官たる自覚はあったのだろうか。
岸田首相が核廃絶演説を行った同じ日、ロシアのプーチン大統領が声明を出し、「核戦争に勝者はおらず、決して戦ってはならない」と強調している。
岸田氏がどう聞いたか知らないがこの言葉は米国に、核保有国同士は争わず、相互不干渉の精神で行く必要があると談合を呼びかけたものに他ならない。一方、日本のような非核保有国に対しては「戦争になれば核を使ってロシアが勝つ。盾突くな」がプーチン流のメッセージとなろう。
露骨な核の恫喝に対し
岸田演説の翌日、同じ議場で発言したロシア代表は「西側諸国がわれわれの決意を試そうとするなら、ロシアは引き下がらない」と強調し、西側の態度如何でロシアは核の「引き金」を引かざるを得なくなると警告している。岸田氏の訴えに何の効果も無かったことは明らかだろう。中共の習近平氏も台湾侵攻に当たっては、米国との衝突回避に最大限努力しつつ、日本その他に対しては露骨に核恫喝を掛けてくるはずである。
今年4月、自民党安全保障調査会が、弾道ミサイル攻撃を含むわが国への武力攻撃に対する「反撃能力」の保有について提言、「反撃能力の対象範囲は、相手国のミサイル基地に限定されるものではなく、相手国の指揮統制機能等も含むものとする」とした。
反撃能力保有による抑止、という考え方は正しい。敵のミサイル発射前に基地を叩くという発想は現実的でなく危険を伴う。今や主流となった移動式ミサイルは「発射の兆候を事前に把握するのが困難」(防衛白書)で、相手の点検・修理に類する活動を発射準備と誤認する可能性も付きまとう。結果的に不意打ち攻撃となって、相手の核報復を招きかねない。
やはり「相手国の指揮統制機能」に壊滅的打撃を与える反撃戦略を基本とすべきだろう。その場合、英国型の「連続航行抑止」が最も合理的である。発見されにくく残存性の高い潜水艦4隻にそれぞれ50発程度の核ミサイルを積み、常時1隻は必ず外洋に出る抑止体制を指す。
フランスも4隻の核ミサイル搭載潜水艦を運用するとともに、空軍基地及び空母に核爆弾搭載戦闘機を配備している。しかしロシアの防空システムが強化され突破が困難となる中、核戦闘機は削減傾向にあり、いずれは英国と同じく潜水艦のみで核抑止力を維持する態勢になるとみられている。
真にタブーなき議論を
侵略国家の核攻撃から国民を守るため、日本が英仏同様のシステムを採ることに、何の道徳的問題もない。「唯一の被爆国が核を持つなど許されない」は悪しき洗脳に過ぎず、「第三の核の惨禍を避けるため核抑止力を持つ」こそが論理的である。
今年3月8日、私が本欄に英国型核抑止力の保持を論じた一文を寄せ、フェイスブックにも転載したところ、安倍氏が「いいね」を付けてくれた。左翼が発見すれば、「安倍が核武装に賛成」と大騒ぎしかねない「無謀な行為」だったが、真にタブーなき議論が緊要と考えてのことだろう。
凶弾に倒れる直前に安倍氏が発した最後の言葉は「彼はできない理由を考えることはない」だった。「まずできない理由を考える」風潮を戒めた大政治家の遺言だったと私は捉えている。国家国民を守るに当たり最も有効な切り札たる「日本核武装」をいつまでもタブーにしていてはならない。(しまだ よういち)
《参考》
島田洋一『アメリカ解体』(ビジネス社)
島田洋一『3年後に世界が中国を破滅させる 日本も親中国家として滅ぶのか』(ビジネス社)

