【正論】バイデン「台湾防衛」発言は空砲か |
産経新聞 2022/06/01
【正論】バイデン「台湾防衛」発言は空砲か
島田洋一(福井県立大学教授)
「ジョーは心優しい男。ただ頭の中にフィルターが入っていない。思ったことをそのまま口にする。だから失言が多い」
正副大統領として8年間を共に過ごし、バイデン氏を最もよく知る一人、オバマ元大統領の言葉である。
バイデン氏自身も回顧録の中で、あるジャーナリストの、それなりに的を射たバイデン評として次の言葉を引いている。
「ジュージュー焼き音は聞こえるがステーキが出てこない」
周囲の期待を高める立派な発言をするが、結果につなげる行動力に乏しい、という意味である。こうした自身にマイナスとなる評も悪びれず引用する辺りが、衒わない性格として支持者に迎えられてきたが、充分地に足の着いた政治家でないことは間違いない。
そのバイデン氏が東京で、台湾に関して大いに耳目を集める発言をした。記者の「あなたは台湾を守るため軍事的に介入する意思がありますか」という質問に、「イエス。それが我々の公約だ」と答えたのである。
同種の発言をバイデン氏は昨年来3回にわたって行っており、直後に匿名の側近が「アメリカの政策は何ら変わっていない」と中身を薄めるないしは無にする「真意の説明」を行うパターンも今回で3回目となった。
米国の台湾関係法は、「台湾の人々の安全、社会・経済システムを危うくする力の行使やその他の強制に抵抗する米国の能力を維持する」と記している。この「抵抗」(resist)という表現は北大西洋条約(NATOの基本条約)や日米安保条約とも共通する(それぞれの第3条)。
しかし相互防衛を約したNATOでは「軍事力の行使を含む」の文字があるが、台湾関係法にはない。それが、米軍の介入が有るとも無いとも不分明な「戦略的曖昧」の源泉となってきた(ちなみに相互性を日本側が忌避したため、日米安保にも「軍事力の行使」の文字はない。その意味で台湾の不安定さは他人事ではない)。
しかし近年、中国共産党政権(以下中共)が対外的な「強制」姿勢を強め、さらには香港の自由圧殺、ロシアによるウクライナ侵略などの新状況を受け、米国では共和党議員を中心に、「戦略的曖昧」ではもはや不十分で、米軍介入を明示した「戦略的明確」に移行すべきとの議論が高まってきた。
民主党でも、海軍出身で、横須賀を母港とする米第7艦隊の旗艦ブルーリッジの乗組員だったエレーン・ルリア下院議員等を中心に戦略的明確を公然と主張する勢力が現れている。
従ってバイデン発言は、あらぬ方向に弾を撃つ類の失言ではない。野党共和党でも、発言そのものは正しいとの評価が一般である。ただし側近による「訂正」を漫然と許し、自身の考え(明確なものがあるとして)の政策化に向けて何ら指導力を発揮しない点を厳しく批判する。
戦略的明確を真に戦略と呼べるものとするには、米国内における超党派の合意作りが必要であり、同盟国との踏み込んだ協議も欠かせない。
戦略的明確に移行するとなれば、当然ながら軍備増強や新たな演習も必要になる。そうした行動が伴わなければ、バイデン発言は結局空砲だったということになろう。
米保守派は台湾関係法の改正も主張する。例えば「中共が最も落選させたい男」マルコ・ルビオ上院議員(今年の中間選挙で改選を迎える)が、5月初めに「力を通じた台湾の平和」法案を提出した。
①「防衛的性格」の兵器を台湾に供給するという現行法の規定を「抑止的性格」に改める、②軍需企業は台湾からの注文を最優先で生産ラインに乗せねばならない、③米台間で合同軍事計画を立てる、などが骨子である。
また現行の台湾関係法では、台湾への脅威発生時に、「大統領と議会は、憲法の手続きに則って、適切な行動を決定する」と相当な時間が掛かると思わせる書きぶりになっている。これでは米国が動く前に既成事実を作れると中共を「誤認」させかねない。
そのため共和党側は、「(中共の侵略に対し)大統領は、米軍を用いて必要かつ適切と考える措置を取る権限を与えられる」と即応性を強化した「台湾侵攻防止法案」を上下両院に提出している。
保守系紙ウォールストリート・ジャーナルは社説で、「米国が介入する(そしてその場合、英豪日も加わる)と知れば、習近平国家主席は侵攻のコストを考えて若干立ち止まるだろう」と書いている。
尖閣諸島(沖縄県石垣市)に対する侵略を抑止するには、周辺海域における日米の合同軍事演習が効果的である。しかし尖閣防衛だけを掲げては米側が中々乗ってこない(特に民主党政権においてそうである)。
台湾有事の際、尖閣を含む先島諸島は間違いなく「戦域」に入る。この戦域全体を守る演習に日本も参加する形でない限り、「尖閣を守る合同演習」の実現は難しいのではないか。日本も行動を求められている。

