【正論】米新政権で懸念される北朝鮮問題 |
産経新聞
【正論】米新政権で懸念される北朝鮮問題
福井県立大学教授・島田洋一
2021.1.22
バイデン政権で最も危ういのは北朝鮮政策である。今月19日、上院の公聴会で、北の核凍結などと引き換えに徐々に制裁を解除する「段階的」アプローチ(北が求めてきたのが正にそれである)を考えるかと聞かれたブリンケン新国務長官は、明確に否定せず、ただ政策全般を見直すとのみ答えた。
≪「最悪のディール」にするな≫
また、アジア政策を統括する「インド太平洋調整官」に就いたキャンベル元国務次官補は、北朝鮮が挑発的な行動に出る前に素早く交渉に入らねばならないと強調している。この「見直し」や「素早い交渉」が、オバマ政権時代のイラン核合意(2015年)の線に沿って行われるなら、日本にとって破滅的な展開となろう。
ところがバイデン政権の外交チームは、当時副大統領のバイデン氏を筆頭に、国務長官だったケリー氏、国務副長官だったブリンケン氏、交渉代表を務めたシャーマン氏(国務副長官に予定されている)など、イラン核合意を「オバマ外交最大の成果」と位置付ける人々が中核の布陣となっている。
トランプ政権が「最悪のディール」と批判し、離脱したイラン核合意の何が問題なのか。簡単に整理しておこう。
(1)イランの核活動を「制限」するだけで、核の放棄どころか凍結ですらない(例えば遠心分離機の部分的運転を容認)。しかも10年ないし15年間の「時限合意」であり、期間が過ぎればイランは自由に核活動ができる。
(2)検証規定が甘い。
(3)ミサイルに何の制限も課していない。
(4)テロ放棄を迫っていない。
一方、核活動「制限」の見返りとしてイランに対し米金融機関が凍結していた資金引き出しを認め経済制裁の多くを解除した。ちなみに当時、米上院では、共和党の全議員に加え、シューマー院内総務を含む民主党議員4人も同合意に反対している。離脱は何ら「トランプの暴走」ではなかった。
≪民主党は人権に厳しいか≫
さらに特記すべきは、オバマ政権が拉致問題を棚上げしたことである。07年3月、イラン領内でCIAの外部契約者(元FBI捜査官)ロバート・レビンソン氏が失踪した。体制の腐敗に関し情報収集中だったとされ、イラン革命防衛隊による拉致とみられている。
約3年後、オレンジの囚人服を着て、「ヘルプ・ミー」と書いた紙を持たされた本人の写真と、「健康状態がよくない」と語るビデオ映像が家族の元に送られてきた。悪質な揺さぶりであった。
オバマ政権は、イランが拉致を否定しつつ解放を実現できるよう、パキスタン近辺で武装勢力に拘束されたとのフィクションに基づく解決シナリオを提示したが、事態は動かず、その後安否情報も途絶えた。イラン政府は関与を否定したままである。
イランとの合意成立を外交遺産としたいオバマ政権は前政権時代に起こった拉致を交渉の「障害」にしたくなかったのだろう、結局深く追及することはなかった。
当時も以後も、ルビオ上院議員ら共和党の有力政治家からは、レビンソン事件を不問とすることに強い批判の声が上がっている。ルビオ氏は、「即時無条件の解放を要求すべきで、全体の取引の中に埋もれさせてはならない」と主張している。しかし民主党側は、おおむね沈黙の体であった。日本のメディアには「民主党の方が人権に厳しい」の文字が躍るが、民主党の応援団たる米主流メディアが流すフェイクニュースである。
≪共和党実力者と意思疎通≫
日本としては米側が「イラン・モデル」で対北政策を進めることがないよう、強く釘を刺していかねばならない。通常の外交ルートで宥和派のバイデン政権に働きかけるだけでは不十分である。単に糠に釘で終わりかねない。
理念的に明確で、次期大統領候補でもあるペンス前副大統領、ポンペオ前国務長官、ルビオ、クルーズ両上院議員、ヘイリー元国連大使、そしてなお影響力を保つだろうトランプ前大統領ら、政権を突き上げるだけの発信力を持った共和党の実力者ともしっかり意思疎通を図っていかねばならない。
それができるのは、今の日本では安倍晋三前首相だけだろう。年齢的に再登板の可能性もある安倍氏が、肩書はどうあれ、実質的な首相特使として会談を求めれば、野党の立場に追いやられ時に疎外感を覚える共和党の政治家たちはみな喜んで応じるはずだ。
数年前、麻生太郎財務相が安倍氏の続投を支持する中で、「いいのは滅多に出てこないんだから、出てきたときは使い倒せばいいんだ」と述べていた。至言だろう。
目下、野党とメディアは、「桜を見る会」の前夜の懇親会の費用の補填云々の些末きわまりない話で、安倍氏を動けない状況に追い込もうと必死の有様である。一体どこまで愚かなのか。
政争を離れ、特に対米外交に当たっては、米保守派と波長が合い、豊かな人脈を持つ安倍氏を「使い倒す」だけの賢明さを日本の政界全体が持たねばならない。(しまだ よういち)
*参考