【直言】「トランプ弾劾」一色の報道に異議あり(原稿版) |
下記は、国基研の「今週の直言」に書いた一文です(スペースの関係で割愛した部分も復元した原稿版)。
今週の直言【第441回】 2017(平成29)年5月22日
「トランプ弾劾」一色の報道に異議あり
国基研企画委員・福井県立大学教授 島田洋一
NHKや朝日新聞など大手メディアのアメリカ関連報道では、ロシアの米大統領選介入への関与疑惑や捜査妨害でトランプ大統領が国民の信を失い、弾劾への流れが出来つつあるかのような印象操作が目立つ。
しかも独自取材に基づかず、3大テレビ・ネットワークやCNN、ニューヨーク・タイムズなど米主流メディア(ほとんどが民主党支持)の報道を、より単純化しつつ受け売りしたものが大半である。
作年の大統領選を、事実上反トランプの立場で戦ったそれら主流メディアの努力が失敗に終わった事実に鑑みれば、彼らの論調イコール米国民多数の意見と見ることには慎重であるべきだろう。
実際、共和党主流派に立場の近いウォールストリート・ジャーナルや草の根保守の代弁者と言うべきトークラジオの世界に目を向けると、光景は随分違って見える。アメリカ政治の正しい理解には、一方に偏せず情報を得ることが重要だろう。
最近、トランプ大統領によるコミーFBI長官解任を、ニクソン大統領によるコックス特別検察官解任になぞらえ、ウォーターゲート事件の再来とするような報道が目に付く。しかし、二つの解任には大きな違いがある。
ニクソンは、秘密録音テープの提出をホワイトハウスに求めるコックスの解任を任命権者の司法長官(Attorney General)に指示したが、司法長官は受け入れずに辞任、司法省ナンバー2の副長官(Deputy Attorney General)もやはり受け入れず、ニクソンに罷免された。ナンバー3の訟務長官(Solicitor General)がようやく解任手続きを取ったが、いわば身内に「ノー」を突きつけられながらの解任劇だった。
一方コミーFBI長官の場合は、逆に司法省の側から解任すべきとの意見書が大統領宛て提出されている。作年7月、ヒラリー大統領候補のメール問題で、コミーは会見を開き、違反は重大だが故意ではないため起訴すべきでないとの立場を明らかにした。
しかしFBIはあくまで捜査機関であり、起訴・不起訴の決定権は司法長官にある。明らかな越権行為であった(当時、民主党側を向いてのスタンドプレーと批判された)。同時に、不起訴相当としつつヒラリー候補の違反を次々具体的に指摘したことも、いわば弁護側の反論抜きに検察側の論告だけを陪審員に聞かせるに似た不適切な行為と言わざるを得ない(共和党側を向いてのスタンドプレーと批判された)。
解任進言書はローゼンスタイン司法副長官名になっているが(セッションズ長官は、トランプ選対に関与していたため、自主的に指揮から外れた)、ローゼンスタインは4月25日に、94対6の圧倒的多数で上院で承認されており、決して党派的な人物ではない。
解任のタイミングや粗雑な言動などトランプ大統領の側にも、わざわざ批判を呼び込んでいる嫌いはある。しかし、それらを連日取り上げる前に、法治国家の基本に関わる上記諸点をしっかり押さえておく必要があろう。
最高裁判事に公約通り憲法原意主義者(originalist)を当てたことで、コアな保守層におけるトランプ支持はむしろ固まった。上院の3分の2以上の賛成を要する大統領弾劾はまだ視野の彼方にある。日本のメディアには、アメリカに関する貴重な報道スペースを、他に幾つもある重要事項に当てるよう期待したい。