【天下の大道10】中国の「軟着陸」とは? |
WILL 2017年5月号
【天下の大道10】
中国の「軟着陸」とは?
島田洋一(福井県立大学教授)
中国に関して議論していて、「ソフト・ランディング(軟着陸)」という言葉に意識のズレを感じることがある。
例えば金融系シンクタンクの人々では、企業の短中期の投資にアドバイスする立場上も、中国の現政権が経済「危機」を乗り切り、安定的な成長軌道に入ることを「ソフト・ランディング」と表す傾向が強い。
一方、私のような国際政治研究者(特に保守派)においては、一党独裁体制を戦争に至らない形で崩壊させることこそが「ソフト・ランディング」である。中国共産党(以下、中共)に「繁栄で沈黙を買う」状態を続けさせてはならず、多少の混乱があっても、早期の自由民主体制への移行を望ましいと考える。
それは、「混乱コスト」より「中共コスト」(中共政権が続くことによるコスト)を重く見る立場と言ってもよい。
「中共コスト」とは何か。
最も見やすいのは、周辺海域やシーレーンへの中共の侵出に対抗するため、関係諸国が払わねばならぬ軍事的コストであろう。尖閣諸島の実効支配を確保するだけでも、日本は防衛装備と人員の増強に相当なコストを強いられる。
中共による組織的な知的財産権侵害、テクノロジー不正入手による損害も膨大である。例えば、2007年、米国防総省とBAE(大手の航空宇宙関連企業)のコンピュータがハッキングされ、最新鋭戦闘機の設計資料が中共に流れたと言われる。それによって米側は、空戦における優位性を保つため、予定を前倒しして、さらに次の世代の戦闘機開発に多額の費用(すなわち米国民の税金)をつぎ込まねばならなくなった。一方中共側は、盗用によって大幅に研究開発費を節約できたわけである。
北朝鮮の存在がもたらすコストも「中共コスト」の一環と見る必要がある。中共さえ、国連安保理決議違反のエネルギー供給や不正貿易を止めれば、金正恩体制はほどなく、いや、とうの昔に崩壊していたはずだからだ。
日本は、北の核ミサイルに備えた従来型迎撃システムの充実に加え、レールガン、レーザー砲などエネルギー兵器の開発、またトマホークや戦闘爆撃機など策源地攻撃力の整備も急がねばならない(ようやく国会でも議論が始まった)。いずれも中共の脅威をも見据えたものだが、膨大なコストを要することになる。
北朝鮮住民一般(日本人拉致被害者を含む)や中国の人権民主活動家など、抑圧下で呻吟する人々の肉体的・精神的コストとなれば、文字通り計り知ることができない。
ところで、トランプ政権のピーター・ナバロ国家通商会議委員長が、やはり「中共コスト」を重く見る立場で数冊の著書を出している。そこでは、アメリカや同盟国は、中共の軍拡資金を減らすべく、「メイド・イン・チャイナ」製品を買い控え、中国経済を減速させねばならないといった主張が繰り返されている。「独裁的でますます軍国主義的となってきた中国への経済的依存をわれわれが減らさないなら、将来弾丸やミサイルが飛んできても、全くの自業自得という他ない」(Crouching Tiger, 2015)。
なお日本と中朝の関係について、中国専門家の富坂聰氏が興味深い論を述べている(国基研ろんだん、2017年1月11日)。
《中国の対朝鮮半島政策は一貫している。いつまでも朝鮮半島が二つに分かれていることが中国の最大の国益だからだ。(一方、日本外交には)金正恩を殺さないように立ち回る中国に怒り、うっかり統一朝鮮出現という悪夢の実現に貢献しかねないほど近視眼さが目立つのだ。…韓国主導で統一されたとき米国が対露・対中の拠点として韓国の核保有を黙認する可能性は決して低くない。(はたして)韓国が日本にやさしい国であるだろうか。》
最も分からないのは、韓国による半島統一を想像力ゆたかに「悪夢」と描く富坂氏の目に、なぜ北朝鮮や中共による「悪現実」がより大きな脅威として映らないのかである。
そして、朝鮮半島の分裂が日本の国益上望ましいというなら、中国の分裂も同等以上に望ましいはずだが、そうした思考回路は働かないようだ。私自身は、朝鮮半島北半部および中国大陸の自由民主化が日本の国益に叶うと思っている。その際、分裂か合体かなどはこちらの関知するところではなく、亡霊を描いて恐れている暇があるなら、自力をつけることだろう。