【正論】北への対処なぜ踏み込まぬ |
2017/04/17 産経新聞
【正論】北への対処なぜ踏み込まぬ
島田洋一(福井県立大学教授)
4月10日、自民党拉致問題対策本部が新たな提言をまとめ、12日、安倍晋三首相に手渡した。その中に、「北朝鮮と取引する第三国の金融機関や企業などを対象に、資産凍結を含む二次的制裁を行うこと」とある。北の対外取引の約9割を占める中国の事業体が主たる対象となろう。
また3月24日には、都内で開かれた拉致問題集会で「党を代表して」挨拶した民進党の渡辺周拉致問題対策本部長が、「トランプ政権は北朝鮮と取引がある中国の金融機関の活動を制限しようとしている。そういう動きに私たちは参加していく」と明言した。早急に必要な法整備を行うべきだろう。最大与野党の拉致対本部長が揃って打ち出した事柄を実現できないようでは、国会の存在意義はない。
北朝鮮、イラン、シリアの三か国は長年に亘り、核開発で協力関係にあった。しかし、北が核兵器を手にした一方、イラン、シリアはまだ持たない。この違いはどこから生じたのか。
2007年春、イスラエル情報部(モサド)の長官が訪米、シリアで建設が進む秘密原子炉の写真を米政府高官に示した。その内部構造は、北朝鮮寧辺の核施設に酷似していた。国際原子力機関に報告はなく、明白に核兵器不拡散条約に違反する施設であった。
イスラエルは、自国が率先して動くとアラブ世界にハレーションを起こしかねないと、米側に空爆を要請した。チェイニー副大統領は同意したが、ライス国務長官、ゲイツ国防長官らは「まず外交努力で」と慎重姿勢を取る。結局ブッシュ大統領が、「時期尚早」と要請を断り、後の判断をイスラエルに委ねた。
同年9月6日深更、イスラエルの戦闘機群がシリア領空に進入、500ポンドの地下貫通弾を連続投下し核施設を破壊した。その数時間前には、シリア軍の制服に身を包んだイスラエル軍特殊部隊が地上から潜入し、レーザー誘導装置で標的の情報を上空に伝えると共に、シリアの防空システムを攪乱する電子戦に当たった。空爆を受けたシリア側は沈黙を守るのみならず、急いで現場を片付け更地にした。秘密核施設だったことを認めたに等しい行為だった。
安全保障上の重大事態に対し、アメリカに協力を求めるものの、得られない場合、自ら軍事行動によって脅威を除去するという姿勢がイスラエルには一貫してある。攻撃についてはアメリカに全面依存という日本との違いである。ともあれ、シリアの核兵器開発計画は、イスラエルの爆撃により大きく後退した。
作年2月、安倍政権は、新たに「在日外国人の核・ミサイル技術者の北朝鮮を渡航先とした再入国の禁止」を決めた。遅きに失したとはいえ、当然の措置である。朝鮮総連傘下の在日本朝鮮人科学技術協会(科協)に属する核・ミサイル関連技術者に北との往来を許してきた日本の姿は余りに異常であった。
イスラエルの対応は、この点でも日本と大きく異なる。2008年以降、5人以上のイランの核科学者が、遠隔操作の爆弾や銃撃によって、イラン国内で殺害された。いずれもモサドの作戦と言われる。核科学者が敵国に入って協力することを認める日本と核科学者を敵国に入ってまで暗殺するイスラエル。後者を真似よとは決して言わないが、彼我の意識の落差に驚かざるを得ない。
サイバー戦も重要性を増す分野である。2009年、イランの濃縮ウラン製造施設のコンピュータ制御システムに、アメリカとイスラエルが合同でサイバー攻撃を仕掛けた。ドイツ・ジーメンス社製の基幹部品にスタックスネットと呼ばれるマルウェアを埋め込み、遠心分離器に異常回転を起こさせて破壊したのである。イラン側は修正に約3 年を要し、その分、核開発が遅延した。
あくまで遅延に過ぎず、サイバー攻撃が「成功」したとは言えない、と総括する向きもあるが、問題はイランとの取引路線に転じたオバマ政権が、その後攻撃を中止したことにある。総括するならば、サイバー作戦は、どこまで波状的に展開するかによって「成功」の度合いが異なってくるということだろう。
サイバー・セキュリティの専門家、伊東寛氏(元陸上自衛隊システム防護隊長)によれば、日本の関係当局では、いまなお、サイバー攻撃は「究極の長距離兵器」であって専守防衛の理念に反するとの意識が抜き難くあるという。
だが、「誘導弾などの基地をたたくことは、法理的に自衛の範囲」が政府見解である以上、核ミサイルを無力化する手段からサイバー攻撃を排除する理由は見当たらない。
なお北朝鮮はこれまで、大量の電子部品を日本から調達してきた。それを許してきたこと以上に、その間、部品にマルウェアを仕込む作戦を一度も展開しなかったことの方が、優秀な情報機関を持つ国から見れば驚きだろう。
攻撃的な軍事行動には出ない、秘密作戦部門を備えた情報機関の設置は考えない、サイバー攻撃は行わない、その上、もし中国の企業に対する「二次的制裁」にも踏み込めないとすれば、北朝鮮問題に真剣に取り組んでいるとは到底言えないだろう。