【正論】米の気構え示す対北政策「転換」 |
産経
2017.3.22
【正論】軍事パワーで指令系統中枢を一気に無力化 米の気構え示す対北政策「転換」
福井県立大学教授・島田洋一
北朝鮮に対する米国のサイバー攻撃を報じた3月4日付ニューヨーク・タイムズの記事は期待を抱かせる内容であった。ただし途中までは、である。記事によれば、2014年初め、オバマ大統領が国防総省に、北のミサイルへのサイバー、電子作戦の強化を指示し、恐らくその効果もあって発射実験の失敗が続いた(実際、16年4月から10月にかけて、新型ミサイル・ムスダンは空中爆発を繰り返している)。
しかし、北の開発体制は予想以上に強靱(きょうじん)で、修正を施し、やがて実験を成功させるに至った、と記事は続けている。米本土に届く核ミサイルの実戦配備は時間の問題だろう。なお注意すべきは、オバマ氏がサイバー作戦を命じた理由である。アラスカとカリフォルニアに基地を置くミサイル防衛システムの迎撃成功率が、最良の条件下でも44%にすぎず、信を置けなかったためと記事はいう。
≪日本も敵基地攻撃の整備急げ≫
トランプ政権は、ミサイル防衛や攻撃的なサイバー作戦に一段の力を注ぐとしているが、やはりその効果は限定的とみていよう。そこでどうするか。
「戦略的忍耐の政策は終わった」(ティラーソン国務長官)という言葉の背後には、圧倒的な軍事パワーで、北の指令系統中枢や主要軍事施設を一気に無力化する態勢を築かなければならないとの認識が窺(うかが)える。3月16日、トランプ政権は軍事予算を突出して増大させるよう議会に要請した。本気で取り組む気構えだといえる。
なお、トランプ氏は同盟国にも「戦略的、軍事的作戦の両面において直接的かつ意味のある役割を果たすよう求める」方針を明らかにしている(2月28日議会演説)。北朝鮮は、3月6日にミサイルを4発同時発射した際、「日本に駐屯する米帝侵略軍基地を攻撃する任務を持つ」砲兵部隊が実施したと発表した。日本領土に対する攻撃の意思および能力を露骨に示したわけである。
この状況下においてなお、敵基地攻撃力の整備に踏み出さない理由は何か。日本も米国同様、北の核ミサイル施設へのサイバー攻撃を行わないのか。「専守防衛」に反するからできないのか。心ある議員が国会で首相や防衛相に質(ただ)すべきは、こうした諸点だろう。
≪親北中国企業の締め出しを≫
米側の対北政策見直しの第2の柱は、第三国、特に中国の金融機関や企業に対する制裁強化であろう。
2月15日、コリー・ガードナー(上院外交委員会東アジア・太平洋およびサイバー安全保障問題小委員会委員長。昨年2月成立の北朝鮮制裁強化法の提案者でもある)、テッド・クルーズ、マルコ・ルビオら与党共和党の有力上院議員が連名で、金融制裁の強化を求める書簡をムニューシン財務長官に送った。書簡は「中国銀行(Bank of China)など中国の金融機関13行について訴追を視野に調査を進めるべきだ」と具体的に事業体名を挙げた上、「追加の権限や財源が必要ならわれわれに知らせてほしい」と結んでいる。
また3月7日、米商務省が中国の通信機器大手ZTEに対し、対北、対イラン制裁法に違反したとして12億ドルの罰金を科す旨の声明を発した。ロス商務長官は「われわれは世界に対し注意を喚起する。ゲームは終わった」と同種の処分を続ける意向を示している。
今後、米国内にも根強い親中派がさまざまに巻き返すであろうが、どこまで踏み込んでいけるか注目される。
従来、日米ともに、中国の対北朝鮮取引については、国連安保理決議違反が明白なケースでも(典型例はミサイル運搬車両の売却)見て見ぬふりをしてきた。その意味では、対北制裁が本気で実施されたことはなかった。「中国も北には怒っている。いよいよ締め付けるだろう」といった幻想から脱却し、北と取引する企業(その企業と一定以上の取引がある企業も含め)には徹底した税務調査、あらゆる規制法の厳格適用など、事実上、市場から閉め出す体制を日米主導で組んでいくべきだろう。
≪「強化尋問」の検討も必要だ≫
なお、北の脅威は核ミサイルに限らない。浸透工作員による化学兵器テロ、爆弾テロなどの未然防止も重要課題となる。拘束した工作員を「吐かせる」ことが緊要となる場合も出てこよう。
トランプ大統領は、かつて一部テロリストに米中央情報局(CIA)が実施した水責め、睡眠剥奪などの「強化尋問」を排除しない姿勢を取っている。オバマ政権はこれを禁止したが、パネッタ元CIA長官はこう述べる。「しかし私は、時を刻む時限爆弾シナリオ(ticking time bomb scenario)、すなわち容疑者が、迫り来る大惨事の情報を持ちながら明かさない状況では、あらゆる尋問手法の追加承認をオバマ大統領に求めるつもりだった」
つまり、トランプ氏の立場とさほど変わらない。「時を刻む時限爆弾シナリオ」は日本でも起こりうる。政府は米国と危機感を共有できているのであろうか。(福井県立大学教授・島田洋一 しまだよういち)