【正論】トランプ氏がもたらす日米安保危機 |
下記は、産経「正論」欄に寄せた一文です。
産経新聞 2016/05/12
【正論】トランプ氏がもたらす日米安保危機
トランプ政権で懸念される〝みかじめ料〟をめぐる波乱と、日米安保条約の死文化
島田洋一(福井県立大学教授)
≪突出するアメリカの人的貢献≫
5月3日、イラク領内で米軍事顧問団が過激組織「イスラム国」(IS)の襲撃を受け、救出に向かった海軍特殊部隊(ネービー・シールズ)の隊員1人が戦死した。米メディアが大きく報じた。とかく内向きとされるオバマ政権だが、IS壊滅を目標に「戦闘アドバイザー」の中東増派は続けており、イラク領内に4000人超、シリア領内に約300人の特殊部隊員を送り込みつつある。
米議会調査局の「ISに対抗する各国の人的貢献表」によると、軍事要員の派遣数で1位はアメリカ(4250人)、2位フランス(1000人)、3位オーストラリア(380人)、以下、イタリア、スペインなどと続く(3月初め時点)。アメリカの人的貢献が突出していることが分かる。
トランプ政権やヒラリー政権下でも、テロ組織への攻撃作戦は続くだろう。米政界で最左派に位置するサンダース氏ですら、ISへの空爆継続を明言し、特殊部隊投入についても「オバマ大統領が熟慮の上決めたことだから支持する」と述べている。
「内向き」になりつつあるアメリカ、といっても、安全保障に関する感覚はなお日米で相当な開きがある事実を意識しておく必要があろう。
パキスタンに潜むウサマ・ビンラーディンを殺害したネービー・シールズは、トランプ氏、ヒラリー氏はもちろん、サンダース氏ら左派政治家にとっても英雄的存在だ。翻って日本では、同じ呼び名の“空想的平和主義集団”シールズを野党の多くが次世代の英雄ともてはやすありさまである。彼我の差は極めて大きい。
≪用心棒代をめぐるゴタゴタも≫
これを「常識」を武器に露骨に突いたのがトランプ氏である。北朝鮮の脅威に自力で対抗しうる日韓が米軍の抑止力に頼るなら、経費を全額日韓が負担するのは当然。日本がアメリカの集団的自衛権行使に依拠する一方、アメリカのために集団的自衛権を行使しないというなら、だれが何と言おうと、それはアンフェアな世界である。「日本は在日米軍経費を全額払うべきだ。なぜわれわれが払わねばならないのか」「もし彼らがしかるべき対応を取らないなら、話は簡単だ。日本は自力で自らを守らねばならなくなる」
こうした「常識」攻勢に正面から対抗する道は、日本も集団的自衛権の行使に国際標準並みに踏み込むことだろう。米中央情報局(CIA)同様、作戦部門も持った情報機関を構築し、ネービー・シールズと協同できる特殊部隊を備えることだろう。
ところが日本政治の「常識」は、自衛隊による拉致被害者奪還は憲法違反とする驚くべき地平にとどまっている。トランプ氏も、振り上げた「常識」の斧は簡単に下ろさないだろう。“トランプ政権下”の日米関係は、俗な表現を用いれば「みかじめ料」(用心棒代)をめぐるゴタゴタで波乱の幕開けとなる他ないようだ。
「危険」はそこにとどまらない。シリアのアサド政権が化学兵器を使えば「レッドライン」(最後の一線)を越えると宣言しながら、結局、軍事行動を起こさなかったオバマ大統領を、トランプ氏はアメリカの信頼性を損ねたと厳しく批判する。そして、自分はレッドラインをあちこちに引くことなどせず「予測不能」を基本戦略とすると言う。オバマ氏のシリア対処については、政権内部からも同様の批判が出ており、決して目新しい議論ではない。
問題は、トランプ氏が示す処方箋が正しいかどうかである。
≪混乱防ぐ体制づくりを急げ≫
かつてレーガン大統領も、対ソ関係において「予測不能」を武器にすると語ったことがある。しかしそれは、自由主義理念の明確なレーガンなら損得勘定抜きで軍事行動に出るかもしれない、という意味での予測不能であった。損得勘定に敏感なトランプ氏の場合は逆に、中国のような重要な商売相手に対してはレッドラインを引くとしても限りなく後方にとどめる、という負の危うさがある。
日米安保条約第5条は、日本の施政権下にある領域での「いずれか一方に対する武力攻撃」を「共通の危険」と認め、日米それぞれが「自国の憲法上の規定及び手続に従って…行動する」と規定する。「憲法上の規定」および「行動」を適切に判断できないリーダーの下では死文化しかねない。
先のシリア問題では、軍事介入の判断を議会に委ねようとしたオバマ大統領に対し、議会で多数を占める共和党は討議自体を拒否した。「ケリー国務長官は『信じられないほど小さな兵力しか投入しない』と言うが、それではアサドに、生き延びたという権威付けをするだけだ。だから上院議員として反対せざるを得なかった」(ルビオ氏)という理由からである。
大統領が揺れ動いたり、どこにレッドラインを引くのか原則が見えなければ、尖閣問題などでも同様の事態が生じかねない。混乱を防ぐためには、日本側も「アンフェア」と言わせないだけの体制づくりを急がねばならない。
(しまだ よういち)

