【アメリカの深層9】トランプが掻き立てる「明るい側面」 |
月刊正論2016年5月号に寄せた私の連載原稿です。
アメリカの深層9
■トランプが掻き立てる「明るい側面」
島田洋一(福井県立大学教授)
本連載で注目してきた正統保守マーコ・ルビオ上院議員の撤退で、共和党の大統領候補選びは異例の度を増してきた。
共和党エスタブリッシュメント(既存エリート層)を代表する現職のブッシュ(父)大統領が民主党の新人ビル・クリントン・アーカンソー州知事に敗れた1992年の大統領選挙では、二つの旋風が吹き荒れた。
まずは、厳しい移民政策と孤立主義を掲げた評論家パット・ブキャナンが、共和党内で反旗を翻し、予備選序盤のニュー・ハンプシャー州を制するなどブッシュ陣営を慌てさせた。
次いで本選挙では、第三勢力として名乗りを上げたテキサスの実業家ロス・ペローが、一時は共和、民主の公認候補を脅かすほどの勢いを見せた。三者のテレビ討論会で、他の二人から政治経験のなさを突かれたペローが、「確かに私には、4兆ドルの赤字を垂れ流したり、先進国中最悪の公立学校システムを作り出したりした経験はない」と切り返して大いに受けたシーンは、未だに語り草となっている。
ドナルド・トランプには、このブキャナンとペローを合わせ、さらに「視聴率男」の要素を加えた一大旋風と言える面がある。その内、ブキャナン的側面と「視聴率男」的側面については、暴言の数々を中心に大いに、そしてスキャンダラスに報じられてきた。米社会の不健全な怒り、「ダークサイド」を象徴するのがトランプといった解説も、米主流メディア等においてしばしば目にする。
しかし、トランプのペロー的側面、すなわち優れた経営者の剛腕でワシントンの談合政治を打ち壊し、きれいごと抜きで好景気と職をもたらす人物という「ブライトサイド」(明るい期待の側面)も視野に入れなければ、高支持率の持続は理解できない。
実際トランプ自身、作年11月に出した著書『不具のアメリカ―いかにしてアメリカを再び偉大にするか』(邦訳はまだない)において、自身のそうした特質を、他の候補たちとの違いとして強調している。一部、引いておこう。
「経済を刺激するのに建設以上のものはない。本当に何もない。……およそ建築に関して語るなら、トランプに関して語ったほうがよい。この国において、私ほど広範囲にわたるプロジェクトに自分の名前を冠したディベロッパーはいない。壊れかけた家を建て直す際、色々計画を語る男か、これまで無数の建設事業で結果を出してきた男か、どちらをあなたは雇うだろうか」。
トランプが単に毒舌の評論家なら、これほどの支持を集めることはなかったろう。マンション、ホテル、カジノ、ゴルフ場、エンターテインメント事業などで大成功を収め、多大の雇用を産み出してきた実績が彼の強みである。トランプは父親の事業と財産を引き継いだだけの二世経営者ではない。父はニューヨークの中間層以下が集住する地域で主に公共住宅を手がける中堅不動産業者だった。公共という性格上、建設費や家賃に様々な規制が掛かり、コストカット以外に利益は出しにくい。常に下請けに値下げを迫り、払いたくないテナントから無理やり家賃を集めて回る「荒い」仕事に気が重かったと、トランプは最初の回顧録(1987年)に書いている。その後、父親から借りた約2億円を元手に独立し、「ビッグ」な事業を中心にトランプ王国を築き上げた手腕は正当に評価すべきだろう。
「私は、この国のインフラ立て直しこそ最優先のプロジェクトだと思う。米国史上例を見ない、長期にわたる巨大なインフラ整備事業に乗り出そうとする時、任せる者を間違ってはならない。労働組合や供給業者そして弁護士らを扱うすべを知っている者でなければならない。私は彼らを毎日扱っているし、負けることはない」
真剣にアメリカを再び偉大にしようと思うなら、まず手掛けるべきは大インフラ事業だと繰り返しトランプは強調する。
「インフラ整備は職を生み出し経済を刺激するだけではない。長い一日の終わりに家路に向かう我々の道のりを楽にしてくれる。そのことで、アメリカを再び素晴らしく(beautiful)もできるのだ」。トランプが掻き立てる、こうした明るい期待の側面も見逃してはならない。

