未解決のイラン「米人拉致」問題(アメリカの深層7) |
アップし忘れていた月刊正論2016年3月号掲載の「アメリカの深層7」です。
■未解決のイラン「米人拉致」問題
島田洋一(福井県立大学教授)
2016年1月16日、米英仏独露中6カ国が、合意に基づいてイランが核計画を縮小したことを踏まえ制裁を解除すると発表した。米金融機関が凍結してきたイランの資金約1500億ドル(18兆円)も自由に引き出せるようになる。
米共和党の大統領候補らはいずれも、イラン核合意を厳しく批判してきた。核兵器開発に約10年間ブレーキを掛ける内容に過ぎない上、査察システムが不十分、違反行為には国際制裁の再発動で応えるとしているものの、中露のサボタージュが予想される中、実際に再発動など不可能等々がその理由である。
制裁解除と並行して進められた「囚人交換」も米保守派のオバマ政権批判に拍車を掛けた。
1月17日、米側は収監中のイラン人7人を釈放、さらに14人のイラン人を国際手配リストから外した。イラン側は引き替えに、「スパイ罪」で収監していたワシントン・ポスト紙記者らアメリカ人5人を解放。ところが、作年10月にテヘランで連絡を絶った米国ビジネスマン1人と2007年3月にイラン領の島で失踪したCIAの外部契約者(元FBI捜査官ロバート・レビンソン)については、イラン政府は一切関知しないとしたままである。
WP紙に拠ると、レビンソンは当時イランの権力腐敗について情報収集中で、ある面談を終えホテルを出た直後に行方不明となった。米政府は当初より、イラン情報機関による計画的な拉致と認識していたという。約3年後、米軍グアンタナモ基地でテロリストに着せるオレンジ色ジャンプスーツに似た衣服を着せられ、「ヘルプ・ミー」とある紙を持たされたレビンソンの写真と、「もう3年半ここに拘束されている。健康状態はよくない」と語る本人のビデオ映像が家族の元に送られてきた。イラン政府による悪質な揺さぶりと見られる。こうした冷笑的な行為に出る相手が核合意に限って律儀に守ると考える根拠は何なのか、が多くの保守派の問いである。
米情報当局者に拠れば、ビデオ映像を確認後、オバマ政権は、イランが拉致を否定できるよう、パキスタンないしアフガニスタンで武装勢力に拘束されたとのフィクションに基づいた解放シナリオを描き、ヒラリー・クリントン国務長官(当時)が、「レビンソン氏は南西アジアにいるのではないか」などと発言してもいる(2011年3月)。しかし結局事態は動かず、安否情報も途絶えた。
対イラン核合意を最大の外交遺産としたいオバマ政権としては、拘束された数人の米国人、ましてや前ブッシュ政権時代に拉致されたCIA関係者が交渉の「障害」になるといった事態は認めがたかったろう。レビンソン(1948年生)はすでに亡くなっており、イラン側も出すに出せないのではないかなどと相手を慮る当局者もいるという。総じて、オバマ政権の、核交渉に前のめりの姿勢がイラン側に見透かされ、アンバランスな「囚人交換」を招来したと言えるだろう。
目下、共和党の大統領候補指名争いで上位に着けるマーコ・ルビオ上院議員は、この間の経緯を次のように批判している(1月18日、FOXニュース)。
「アメリカ人5人の帰還はもちろん嬉しいニュースだ。しかし、彼らはそもそも人質になってはならなかった。何ら悪いことをしていない。囚人ではなくあくまで人質である。イランは計画的に彼らを拘束した。オバマが相手なら交換材料に使えると考えたからだ。5人の無実の人間が7人の罪人と交換された。脱走米兵1人と拘禁中のタリバン・テロリスト5人を交換した2014年の失態などに続き、オバマはまた悪しき前例を作った。海外にいる全てのアメリカ人がますます拉致の危険に晒されることになろう」。
ではあなたが大統領だったらどう対応したかと問われ、ルビオはこう答えている。
「私なら人質が解放されるまで他の一切の交渉を始めない。人質解放は入り口であって出口ではない。不当な拘束には特別の制裁を科さねばならない。そのことだけを対象にした制裁だ。そして即時無条件の解放を要求する。人質の問題を全体の取引の中に紛れさせてはならない」。
制裁解除でイランとの商機に関心が集まる中、イラン政権の闇の部分、危険な本質を忘れてはならないだろう。凍結解除された多額のイラン資金が、ミサイル購入などの形で北朝鮮に渡らないよう、監視の目を強める必要もある。

