正論 日本は対北問題の主体的措置を |
下記は産経新聞「正論」欄に載った拙稿です(2016年2月9日付)。
2016.2.9
正論 日本は対北問題の主体的措置を
島田洋一(福井県立大学教授)
国際制裁を強化されると分かっているのになぜ北朝鮮は核・ミサイル実験を繰り返すのか、と聞かれることがある。この問いは前提自体が事実に即していない。その点に、日本の対北政策を考えるカギがある。
2006年10月9日、北は最初の核実験を行った。10月14日、日米のリードで国連安保理制裁決議が採択された(1718号。戦闘機・ミサイル関連物資、奢侈品の禁輸など規定)。ところが直後の米中間選挙で共和党が敗北、保守ハードライナーたちが次々政権を去る中、ブッシュ政権はライス国務長官、ヒル国務次官補主導の宥和政策に大きく傾いていく。2007年2月、アメリカは実効の上がっていた対北金融制裁を解除した。すなわち、核実験を強行した結果、一定の国連制裁は科されたものの、最も痛かった制裁については逆に解除された、これが北朝鮮にとっての「過去の教訓」であろう。
ライス回顧録に象徴的な一節がある。2007年1月中旬、ベルリン滞在中のライスの部屋に同地で米朝協議に当たっていたヒルが「明らかに興奮した」面持ちで飛び込んできた。北朝鮮側代表が、金融制裁解除と引き替えに核凍結という「本国の訓令以上に踏み込んだ」案を示してきた、相手は翌日には帰国する、今すぐ応答したいというのである。ライスはホワイトハウスに急遽国際電話を入れ、「大統領、この問題を大きく動かすチャンスです。しかし、明日になればこのチャンスは消えてしまいます」と強く受け入れを促したという。
もし実際、独裁者の指示を越えた譲歩案を提示したとすれば、その人物は帰国後直ちに収容所送りか処刑だろう。北の常套手段に米高官が易々と乗せられる様に驚きを禁じ得ない。しかもライスは、回顧録執筆時点(2011年)においてもまだ、自身が騙されたことに気付いていない。米政府がなぜ北を相手に同じ失敗を繰り返すのか、ライス証言は貴重な示唆を与えてくれる。民主・共和を問わず国務省主導下にある米政権(今のオバマ政権もそうだ)を当てにはできず、日本は主体的に判断し、独自に措置を講じねばならない。
まもなく米議会を通過すると思われる「対北朝鮮制裁強化法案」に、安保理決議の履行に疑問を呈した部分がある。国連加盟国193か国中158か国が、制裁の実施状況を未だに国連当局に報告していないというのである。それを放置しているのが、また国連らしい。
なお、報告の提出いかんに拘わらず、中国のように、国際約束一般を自国の利益になる場合以外は無視するのを常態とする国もある(例えば北のミサイル運搬車両が中国製であることは広く知られている)。
加えて、現行の対北安保理制裁決議(複数)には、「開発支援」「人道援助」は対象外という大きな抜け穴がある。今後の追加制裁決議でも、「開発支援」や貿易一般の停止まで中国が受け入れるとは思えない。
日本としては、制裁決議違反国はもちろん、北と取引を続ける国に対しても、ODA(政府開発援助)減額・停止など独自の措置で圧力を掛けていく必要がある。国際機関も例外ではない。例えば国連開発計画(UNDP)の総裁が毎年のように来日し拠出金増額を求めていくが、北への支援事業(当然、軍や工作機関に横流しされる)を止めない限り増額はおろか減額すると通告すべきだろう。
アメリカの対北金融制裁が効果を上げたのは、北の不法資金に関与した業者は米金融機関に口座を持たせないという形で、主として中国の銀行に圧力を掛けたためであった。生き残りのため、多くの中国の銀行が北との関係の整理を図った。
中国は、北の行為が重大な経済的損失につながるか、自らへの脅威を高めない限り、圧力強化に乗り出さない。その意味でも、日本の敵基地(策源地)攻撃力の整備は重要な意味を持つだろう。北朝鮮が日本に向け数十発の核ミサイルを撃つ構えを見せたとき、全ての迎撃はあり得ず、発射台に据えられた段階で攻撃し破壊する以外、国民の命は守れない。自民党の国防部会が2009年5月、その種危機に際しては「策源地攻撃が必要」と明記した文書をまとめ、海上発射型巡航ミサイルの導入を提言したが、以後店ざらしのままである。政府見解で合憲とされる敵基地攻撃力の整備が、北の度重なる「暴挙」にも拘わらず、なぜ一向に政治の場で議論されないのか。日本が射程の長い打撃力の整備に乗り出せば、中国の態度にも変化が生まれるはずだ。
金正恩政権は、アルカイダや「イスラム国」(IS)同様人倫にもとる組織であり、核実験やミサイル実験を行ったからというのではなく、非人道的行為を理由に恒常的に締め付けを強め崩壊を目指さねばならない。その際、中国を刺激したくない、が日本政治の支配的気分であるなら、手段は大きく限られてしまうだろう。