テロ国家の体制崩壊作戦について(アメリカの深層5) |
下記は、月刊正論2016年1月号に載った私の連載原稿です。マーコ・ルビオ大統領候補の補佐官による対イラン攻撃論を取り上げたものですが、北朝鮮に対してこそ、実は本筋の議論だと思います。
正論2016年1月号
アメリカの深層(5)
テロ国家の体制崩壊作戦について
島田洋一(福井県立大学教授)
本誌今月号掲載のマイケル・ピルズベリーと筆者との対談で、共和党の有力大統領候補マーコ・ルビオ上院議員の外交安保問題顧問ジェイミー・フライ(Jamie Fly)のことが話題になった。ピルズベリーはフライを非常に高く評価し、ルビオが大統領になった場合、国家安全保障担当補佐官になる可能性があると言う。以下、対談と合わせ読んで頂ければ幸いである。
フライは、首都ワシントンに本拠を置くシンクタンク「外交政策イニシャティブ(FPI)」の代表理事を努めた後、2013年1月、ルビオの議会スタッフとなり、現在、同議員大統領選対本部の外交政策担当も兼ねている。
FPIは、「孤立主義に流れかねない政策の拒否」「アメリカの民主的同盟国を強力に支援し、ならず者国家に対抗する」「抑圧国家の人権問題追及、アメリカのリーダーシップの下での自由拡大」等を掲げる保守ハードライナーの牙城である。リベラル派からは超タカ派、ネオコン集団などと批判されてきた。
フライの論考中、最も物議を醸したのは、「イラン政体変更のすすめ―大胆に行動し、そして引き揚げる」(Foreign Affairs, Jan. 17, 2012)である。要点のみ引いておこう。
フライによれば、「過去30年間、いずれの米大統領も、イランの核武装は受け入れられない(unacceptable)との政策を掲げてきた」が、イランの核開発が本格化する中、オバマ政権の腰は定まらない。そうした中、国防長官顧問の一人から、核施設への限定軍事攻撃の利益はイランによる報復というリスクを上回るとする論文(クローニグ論文)が出された。正しい問題意識である。ただ内容が中途半端で、逆効果になりかねない。
すなわち、「限定軍事攻撃は一時的処置に過ぎず、イランの核計画を一段と地下に追いやって脅威を持続させる」上、核関連施設のかなりが住宅地区にあるため市民にも被害が及ぶ、西側情報機関が把握していない秘密施設もあるはず、従って、副次的被害を最小化しつつイラン核危機を終わらせるには、「体制の不安定化」を目指したより踏み込んだ攻撃を行わねばならない、とフライは強調する。
国防長官の顧問クローニグは、「アメリカの目的はあくまで核計画の無力化であって政権転覆ではないと予め明確にしておくべき」と主張するが、それは間違いだとフライは言う。限定攻撃であれ、体制の拠点を狙ったより大規模な攻撃であれ、イランの指導部は威信保持のため、ミサイルや傘下のテロ集団を使った対米報復に出ようとしよう。多数のアメリカ人を殺害してきたイラン政権が報復をためらうはずがない。
結局のところ、イランの核計画は症状であり、大もとの病気たる革命的原理主義政権を倒さねばならない。幸いにして、制裁の効果もあり、イラン体制はかつてなく弱体化している。それゆえアメリカは、核施設に限定せず、テロ・抑圧装置である革命防衛隊や情報省の指揮管理系統にまで対象を拡大した攻撃を実施すべきである。目的は、政権の統治力を弱め、国民の抵抗運動を支援することにある。アメリカにとっては、少なくともイラン指導部が国内不安への対処に神経と体力を削がれ、対外報復に集中できなくなるというメリットが得られよう。
対イラン攻撃を決断するのなら、手負いのまま核開発を継続できる状態を許すのではなく、体制崩壊まで行きうる形を選ぶべきである。―
以上がフライ論文の骨子である。こうした「超タカ派」をルビオが政策顧問としたのは興味深いが、仮にルビオが大統領となっても、ただちに対イラン軍事攻撃に出るとは考えにくい。もっとも、サイバー作戦など秘密工作を通じた体制揺さぶりはあり得よう。ただ、2015年7月14日、イランの核能力制限(廃棄ではない)の見返りに経済制裁の段階的解除が国際合意され(ウィーン合意)、保守派の強い批判にも拘わらず、オバマ政権は米金融機関が凍結中のイラン資金140億ドル(約17兆円)も解除する構えである。イランの現体制は力を増すだろう。
相対的に弱い北朝鮮の打倒から始めてはどうかと提案したいが、日本も秘密作戦に加わるのだろうなとピルズベリーなら念を押すだろう。詳しくは対談に譲りたい。