【書評】潮匡人著 『日本人が知らない安全保障学』 |
補足の英文は、ゲイツ米元国防長官の回顧録の一節である。
【書評】潮匡人著『日本人が知らない安全保障学』
「軍事力は他のいかなる手段によっても代替できない安全保障の最終的担保」だとする潮氏は、「防衛大学校が『総合安全保障研究科』を設けていることにも疑問を覚えます」と言う。
非軍事的な手段を最大限に活用するという「総合安全保障」や「人間の安全保障」といった概念は確かにスマートに響くが、軍という「1階部分の土台」が確固としてあって初めて意味を成す。「軍」「軍隊」「軍事」といった言葉をことさら避ける姿勢が、仮に「戦後日本人の軍事アレルギーやパシフィズムへの配慮」であり、それが幹部自衛官教育にまで及んでいるとするなら「その姿勢は歪んでいます」と潮氏は危惧する。
本書は、パシフィズムの訳語に、「反軍平和主義」を当てているが、これは「平和主義」より適切で、定着させたい用語である。特にシリア問題でブレにブレを重ねた米オバマ政権を「国際社会の“言うだけ番長”」と評したのも適切で、かつ面白い。
ただし日本にアメリカを批判する資格があるのか、が次の問題となる。
潮氏も触れているように、オバマ政権は無人攻撃機や特殊部隊を用いたテロ集団無力化作戦は続けている。他国の領域に通告なしに進入することも多く、この点ではブッシュ政権以上に単独主義的で強引だ。
入門書の色彩が濃い第1、2、4、5章に対して第3、6、7章は高度の政策論である。まず先頃発足した国家安全保障会議(日本版NSC)が俎上に載せられ、「目となり耳となり、手足となる諜報(インテリジェンス)機関」を持たないことが致命的で、CIAを有する本家アメリカに照らせば「そもそも『日本版NSC』と呼べる代物ではないとの評価も成り立つ」と厳しい言葉が並ぶ。
本書では諜報活動の具体例までは踏み込んでいないが、例えば2011年のオサマ・ビンラディン急襲殺害では、CIAが作戦全体の責任を担い、国防総省が実行部隊(海軍特殊部隊ネイビー・シールズ)を「ローン」する形で行われた。これは急襲作戦ではよくある型だという(ゲイツ元国防長官の回顧録)。
そしてCIA自身も、情報分析部局の他に、対敵秘密活動に従事する作戦部局を有している。対外作戦部門はおろか諜報部局も持たない日本版NSCは、「世界標準のインテリジェンス機関」(潮氏)からは2段階遅れていると言うべきだろう。
中国を論じた最終章では「2020年」の重要性が強調される。翌年が中国共産党創立100周年に当たり、覇権確立の目標年度とされているからだ。
2020年といえば、我が国では東京五輪に意識が集中しがちである。もし「平和の祭典が行われる年にまさか日本に手を出す国はないだろう」と考える人がいるとすれば、本書を第1頁からじっくり読むべきだろう。
(福井県立大学教授 島田洋一)
上に触れたロバート・ゲイツの回顧録の一節、原文は下の通り。ビンラディン急襲作戦が失敗した場合、責任はCIAがかぶる旨、政権内で打ち合わせたと率直な記述もある。文中のパネッタは当時のCIA長官。
Who should have overall authority for executing the raid was never in question. If it was carried out under Defense Department authority, the U.S. government could not deny our involvement; CIA, on the other hand, could. To preserve at least a fig leaf−granted, a very small leaf−of deniability, we all agreed that when the time came, the president would authorize Panetta to order the operation. Defense periodically would loan−“chop”−forces to CIA for operations, so this was a familiar practice.
−Robert Gates, Duty, 2014, p.542.

