安倍首相の「決定力」に期待し、注視するアメリカ(明日への選択2013年5月号) |
下記は、日本政策研究センターの月刊誌『明日への選択』2013年5月号に載った拙稿である。同センターの伊藤哲夫代表は、長く安倍首相の盟友的存在で、同誌は安倍政権の動向を知る上で重要資料となっている。
店頭では販売されないので、関心のある方は直接センターのホームページから購読手続きを取って頂きたい(年間購読料7000円)。
安倍首相の「決定力」に期待し、注視するアメリカ
島田洋一(福井県立大学)
今年の3月下旬、アメリカの首都ワシントンを訪れ、有力議員のスタッフや朝鮮半島・安全保障問題の専門家らと意見交換をした。昨年(日本では民主党政権が続いていた)とは様変わりの反応も見られた。一例を挙げよう。
上院軍事委員会の共和党筆頭理事ジム・インホフ上院議員といえば、米議会における対中強硬派の代表格である。昨年春、同議員の安全保障担当スタッフと面談した際、日本政治に対する言葉は厳しかった。要約すればこうなる。
私のボス(インホフ議員)は、歴代の米政権のみならず、自分を始めとする関係議員も協力し、13年の歳月を掛けて組み立てた米軍基地再編合意を鳩山政権が弊履の如く打ち棄てたことに強く憤っており、「普天間問題が解決されるまで、日本の政治家と打ち解けて将来を話し合う気にはなれない」と語っている。沖縄の政治情勢が微妙云々など「できない理由」はもう聞きたくない、まず結果を出そう、ということだ。
しかし、今年のインホフ事務所の対応には変化があった。安全保障担当スタッフと並んで経済担当のスタッフが同席し、開口一番、TPP(環太平洋連携協定)交渉への参加という安倍晋三首相の決断にはエキサイトしている、自分たちもにわかに忙しくなった、日本が加入してこそTPPは意味がある、一緒に大仕事をしたい、との趣旨を語った。
TPPは、米メディアの報道量はまだ少ないが、政界における関心度は高い。もちろんTPPに関しては、ルール無視の中国を睨んだ日米協力の深化が期待されると同時に、日米間でも熾烈なせめぎ合いが展開されよう。安易な妥協は許されない。が、いずれにせよ、米政界に「安倍は決断できるリーダー」というイメージが浸透したのは間違いない。いずれ避けられぬ決定なら、予想を裏切り早く踏み込むことで日本の存在感を高めた方がよい。安倍首相の決断は賢明だったと思う。
なお、安全保障問題の専門家からは、集団的自衛権の憲法解釈見直しで安倍首相はいつ決断するのかという質問も出た。これは少なくとも不満の萌芽と言える。その後1カ月以上が経ち、萌芽は苗木くらいに成長したかも知れない。
北朝鮮の挑発が続く中、安全保障の根幹に関わる問題で不必要に手間取るなら、「決断できるリーダー」のイメージも、遠からず色褪せかねない。
先のインホフ上院議員の事務所なども、安倍首相の姿勢を評価し、当面、批判は控えているものの、日本の安全保障政策全般や日米合意の遂行状況への不満を解消させたわけではない。安倍政権は、集団的自衛権に関する見直し作業を加速させる必要があろう。
歴史認識、特に慰安婦問題では、反日勢力による「実効支配」が一段と進みつつあるのが、残念ながらアメリカにおける現状だ。これも一例を挙げておく。
ある保守系の有力シンクタンクで、北朝鮮問題を議論し、概ね意見の一致を見た。最後に、何か安倍政権に注文はあるかと聞くと、日米韓協力が重要な中、河野談話の「見直し」で韓国を怒らせないで欲しいとの答が返ってきた。
頷くわけにはいかない。「日本は朝鮮人女性の強制連行などしておらず、名誉を守るための見直しは必須だ。ただ、米側に日本の主張を支持せよとは敢えて言わない。竹島の領有権問題と同様、せめて日韓に対して中立という立場を求めたい。『両国の歴史家の討議にゆだねる、ノー・コメント』と言えばよいではないか」と反論すると、「賛成できない。領土問題と慰安婦問題は違う。日本も、ドイツのように明確に罪を認めて謝罪するのがよいと思う」と一段と頑なな、そして型にはまった再反論が返ってきた。
時間も限られており、訪問の主目的とも逸れるため、それ以上の応酬は避けたが、同盟国アメリカの地で、日本の名誉は確実に侵食されつつあると改めて感じた。この状況は放置できない。
いま首相が発言すると、敵対勢力によって外交問題化される、河野談話は官房長官談話だから官房長官において対処するという安倍政権の方針はよく理解できる。ただ、官房長官の下、作業は着実に、かつ戦略的に進められているのだろうか。拉致問題に関し、安倍首相、古屋圭司拉致担当相の主導下、新たに「政府・与野党拉致問題対策機関連絡協議会」と「有識者との懇談会」が立ち上げられた。まずは同様の体制が、「反日勢力による歴史利用」問題についても必要だと思う。
最後に訪米中のエピソードを一つ書いておこう。帰国前夜、旧知のスザンヌ・ショルティ北朝鮮自由連合代表(在米を中心とする人権団体の糾合体)が主宰する会合に顔を出した。ショルティ氏に促され簡単なスピーチをしつつ会場を見回すと、在米コリアンや脱北者と思われる人々の姿が数多く目につく。
散会前の記念撮影の際、たまたま隣り合わせた在米コリアンの女性が、「慰安婦問題についてどう思うか。私は、米下院が日本「慰安婦」非難決議を採択した時の中心人物の1人だ」と話し掛けてきた。なるほど、そう言われれば見覚えがある。
この、時と場の弁えなさはいかにも慰安婦問題の活動家らしいと思いながら、“It’s sad that women had to work as prostitutes.”(女性が娼婦として働かねばならなかったのは哀しいことだ)と答えると、“They are not prostitutes! They are sex slaves!!”(彼女たちは娼婦ではない!性奴隷だ!!)と案の上、「呆れた。何を言うのか」風の反応である。“It depends.”(それは見方による)でその場は打ち切った。時と場所が違えば、「事実を曲げてまで、あなたの父や祖父が腰抜けだった(娘の強制連行に泣き寝入りした)と世界に宣伝する愚行をやめるべきだ」くらいの反論はすべきところだが、少なくとも、外交官の研修においても、上記程度のやりとりは最低限のマニュアルに入れてもらいたい。