小泉「子供の使い」訪朝の無軌道 |
今日午前、政府が閣議決定した「対北朝鮮措置」は、自民党拉致問題対策特命委員会(古屋圭司委員長)が求めた追加制裁のうち、輸出の全面禁止やミサイル技術者等の再入国不許可を落とすなど、明らかに腰の引けた内容だ。
自民党の内部からもはっきり批判が出ている(下記「救う会ニュース」参照)。
http://www.sukuukai.jp/mailnews.php?itemid=1857
すでに輸出はかなり制限しており全面禁止としてもあまり効果はない等の「慎重論」を、外務省幹部らが政府部内で唱えたらしい。そういう人々に限って、「効果のある」制裁案が出ると、あまり刺激するのもどうかと反対するのが常だ。要するに、とにかく北に圧力を掛けたくないのである。
下記は、小泉第二次訪朝を批判した旧稿である。
当時と同様、「援助と制裁解除をカードに事態を打開しよう」という怪しい動きが起きかねないので、参考のため載せておく。
東京財団『日本人のちから』第10号(2004年7月)
小泉「子どもの使い」訪朝の無軌道
-再び世論の力で事態を逆転できるか-
島田洋一(福井県立大教授、救う会副会長)
(04.5.25 執筆)
「首相が行ったから取り戻せた」は情報操作
今回の第二次訪朝(5月22日)を通じて、小泉純一郎というポピュリズム政治家の底が完全に割れた。というより、すでに割れていた底が、はっきりと露呈した。
これほど無軌道をきわめ、終始相手の掌中で踊った外交も珍しい。
当日夕刻、ピョンヤンで会見を行った小泉氏は、金正日の言い分を忠実に紹介し、曽我ひとみさんの子どもたちが「お母さんに会いたいが、日本で会う前にここへ戻ってほしい、それからの話だ」と繰り返していたなど、耳を疑うような言葉を連ねていた。見ていて、一瞬、氏は北朝鮮に亡命し、外務省スポークスマンの職を得たのかと錯覚したほどだ。
同日夜遅く、拉致被害者家族会と首相の面談の席上、「あなたにはプライドはないのか」と鋭く迫った増元照明氏に対し、小泉氏は、「私のプライドより事態を動かすことの方が重要と考えた。批判は甘んじて受ける」と得意の開き直りで応じた。
が、守らねばならぬのは、もちろん小泉氏のプライドではなく、日本国のプライドである。一国のトップが、世界注視の中、“テロ国家におみやげをもって謝罪に来た小役人”を演じさせられた日本が、今後失われたプライドを回復するのは、容易なことではないだろう。
「じゃ、他にどんな手があったというんですか」という小泉氏の甲高い声が聞こえて来そうだ。
首相が訪朝したからこそ被害者の子どもたち5人を取り戻せた、行かなければ何も動かなかった、というよく聞かれる議論は、議論というよりむしろ情報操作に近い。他に打つ手がなかったというなら、証明して欲しいものだ。挙証責任は、一次情報を大量にもつ政府の側にある。
一体、小泉政権は、どういうオプションを戦略的に検討し、どのような過程、いかなる理由をもって、あの常識はずれな訪朝という選択に至ったのか。ぜひ聞きたいものである。首相訪朝しか手段はなかったと開き直る以上、当然、情報開示の義務が生じるだろう。
実際、これしか手はないと思い込まされるところまで、追い込まれていたとするなら、その原因は他でもない、小泉氏のヌエ的姿勢にある。
対北朝鮮政策に当たって、確固たる理念も戦略もなく、制裁を発動する勇気もない。拉致被害者救出に賭ける情熱もない。金正日に対し、激しい怒りを覚えるだけの感受性もない。
したがって、そこを見透かした北朝鮮が、首相さえ訪朝すれば事態を動かせる、首相が来なければ何も動かないとカマをかけてきた時、これ以外手はないと飛びついていったわけだろう。
テロ国家への首相訪問、しかも大金持参という禁じ手が、国家のプライドを捨てることではなく、逆に勇気ある決断だと自らに言い聞かせる自己欺瞞劇の幕開けである。
無軌道無原則を絵に描いた外交
自民党の安倍晋三幹事長は、首相訪朝前日、日経新聞のインタビュー(5月22日掲載)で、次のように述べている。
――八人の帰国は確実なのか。
「(曽我ひとみさんの夫で元在韓米軍兵の)ジェンキンス氏の問題はある。しかし、同氏を含めて日本に送り出す交渉をしてほしい。(脱走兵として訴追されるかなどの問題は)簡単ではないが、日米で交渉していく。北朝鮮に心配してもらう必要はない」
――日本政府が提案した安否不明十人に関する日朝合同の調査委員会構想に批判的だが。
「誰が考えても茶番で、直ちに取り下げるべきだ。拉致をしたのは彼らで、行方を知っている。知らないふりをして一緒に調査するというのは、時間延ばし以外の何物でもない。拉致問題は金総書記がすべてを話せば一秒で解決する話だ」
いずれも正論である。この安倍基準に照らせば、小泉訪朝が落第であったことは明らかだ。具体的にいくつかの点について検証してみよう。
まず、小泉氏が、ジェンキンス氏および曽我さんの二人の娘に直接会い、説得と称するパフォーマンスを行ったことは大失態では済まない重要性をもつ。金正日と示し合わせた上での茶番劇とまでは思いたくないが、曽我さんの身をことさら危険にさらすあまりに危うい行為であった。その辺の事情は、次の5月23日付産経新聞の記事によく表れている。
〈自民党の安倍晋三幹事長も同夜(22日)、都内のホテルで小泉首相と会い「北京で会うのは妥当ではない。北朝鮮から離れた場所で自由な雰囲気の中でゆっくり話し合いをできる場所を見つけるべきだ」と指摘。首相は「ジェンキンスさんが北京とおっしゃっていた」と答えた。
曽我さん本人は、小泉首相や安倍氏ら政府与党関係者と会った際に「北京で短時間だけ会うと、情にほだされて家族三人に説得されてしまう可能性がある」と北京での再会に懸念を示したという。〉
「今後、日朝平壌宣言を順守する限り、制裁措置の発動をしないとも私から申し上げた」という記者会見における小泉発言も、首相の資質を疑わせるに十分なものであった。
今後も何も、すでに現状において、北朝鮮は「朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を遵守する」という平壌宣言に違反し、公然と核兵器開発を続けている。小泉発言は、それを黙認するという意味以外には取れない。何を考えて、このようなメッセージを得々と世界に向けて発信したのか。しかも小泉氏は、事実上北朝鮮軍への25万トンの食糧、1000万ドル相当の医薬品供与を「人道支援」の名で行うとも表明した。国際“資金洗浄”機関WFP(世界食糧計画)を隠れ蓑に使うというお決まりのパターンが取られた。
が、平壌宣言には、「国交正常化の後、……国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力を実施し」とある。現段階での北朝鮮への「支援」は、明らかに平壌宣言違反である。小泉氏は、平壌宣言に違反している金正日に対し、平壌宣言に違反して「支援」を行った。それが子どもたちを北朝鮮から出させるための身代金であったことは、常識人で疑う人は誰もない。まさに絵に描いたごとき無軌道無原則ぶりである。
アメリカや韓国も「人道支援」は実施していると小泉氏はいうが、“金正日の召使い”廬武鉉大統領や、米国務省主導の半端な行為を見習う必要はない。それに、アメリカの場合、北朝鮮を「テロ支援国家」に指定し、一定の制裁を科した上での世論向け「人道支援」であり、日韓の場合とは事情が若干違う。
北朝鮮が核問題や拉致問題、ミサイル問題で事態を悪化させている以上、小泉氏は、前回以上に厳しい態度で金正日に臨まねばならなかった。ところが結果は、前回以上どころか、盧武鉉以下というべきていたらくであった。
二年前の日朝首脳会談で、小泉氏は拉致問題に突破口を開いたといわれるが、日本政府自体は問題の幕引きの方向に大きく傾いていた。少なくとも、幕引きを図ろうとする北朝鮮側の意図を挫くための積極的努力を何も行わなかった。
問題を幕引きでなく、逆に圧力強化へ向けた世論喚起のきっかけとしたのは、何よりも家族会の努力であった。小泉訪朝自体は、せいぜい家族会への無責任な丸投げであったに過ぎない。今回も事情は同じといえよう。結果として金正日をハメることができるかどうか、成否は日本世論の動向にかかっている。