対華21カ条要求――加藤高明の外交指導(1) |
田母神俊雄・航空幕僚長(執筆時)の「問題論文」は、軍のあり方、憲法改正等をめぐる論議に一石を投じた。
さらに、近現代史をめぐる議論の深化にもつながるかも知れない。いくつかの月刊誌でそうした試みが始まっているので期待したい。単なるスキャンダルで「収拾」させてはならないと思う。
田母神論文は、大正初期のいわゆる対華21カ条要求にも触れている。
この問題については、私は以前、かなり詳しく調べたことがある。いくつか論文もまとめた。
その内、もう20年前になるが、京大助手時代に書き、学術誌『政治経済史学』第259,260号に発表した「対華21カ条要求――加藤高明の外交指導」(1987年)を何回かに分けて、このブログにも転載しておく。何かの参考になれば幸いである(すべて左の「論文集」フォルダに保存)。
若気の至りで、過度に論争的な部分もあるが、手を入れ出すと大変なので、ほぼそのままにしてある。なお、ごく一部、表記を改め、不必要と思える箇所を省略した。

対華21カ条要求――加藤高明の外交指導
島田洋一
序
本論考は、史上に悪名高い「対華二十一カ条要求」を、この外交を指導した外相加藤高明の動きに焦点を合わせて考察したものである。
第一章は、「二十一カ条要求」とはおおむねいかなる事件であり、いかなる意味で重要かを示すこと、および、通念に見られる誤りや不正確を指摘し、本論考が解明を目指す諸点を整理すること、を目的としている。
第二章は、北岡伸一氏の論文「二十一カ条再考」への批判である。特にこれを取り上げる理由は、第一に、筆者とほぼ同様の問題設定がなされていること、第二に、通説的見方に根本的な見直しを迫った重要な論文であること、第三に、にも拘らず、まだ目立った論評や批判が出されていないこと、の三点である。
つづく第三、第四章は、加藤の外交指導に関する筆者自身の見方を史料に即して提示したものである。第三章が、いわばこの外交の本流を辿ったものとすれば、第四章は、専らアメリカとの関係に照明を当て、支流を辿ったものと言える。もっとも、アメリカの対応についても、本流に帰すると思われる点は、第三章で触れてある。
すなわち、第三章とは別に第四章を設けるという構成は、第一に、アメリカとの関係では本流からはずれた部分が問題となっている、第二に、本流からはずれた部分でも、アメリカ絡みである場合重要な意味がある、という筆者の見解の反映である。
最後に、「二十一カ条要求」という用語について一言触れておく。この言葉を括弧付きにしているのは、事態を充分正確に反映した用語ではないという筆者の判断に基づき、一方、括弧づきとはいえ他の言葉に置き換えず用いているのは、あの外交が、この言葉が発散するイメージを生み出す傾向を強く持っており、そのことが、加藤の外交指導の最大の問題点だという、同じく筆者の判断に基づいている。詳細は、第一章で論ずる。
(つづく)

