惠岡隆一レポート50 核「検証」をめぐる米朝の攻防 |
惠岡隆一レポート第50号を執筆した。日本政策研究センターのウェブサイトに間もなく載るが、ここにも掲載しておく。
平成20(2008)年10月4日
核「検証」をめぐる米朝の攻防
「検証」を曖昧にした米朝枠組合意
ピョンヤンでの3日間の協議を終え、10月3日、ソウルに着いたクリストファー・ヒル六者協議米国代表は、珍しく報道陣に対して寡黙だったようだ。
「核申告」の検証プロセスについて特に協議したとした上で、次のようなコメントのみ残している。
「進展については話したくない」"I don't want to talk about progress."
「満足しているとは言いたくない」"I don't want to say I'm satisfied."
10月1日、ピョンヤンでのヒル米国務次官補一行
ヒル氏ら国務省サイドには、北朝鮮から「検証プロセス受け入れ」という口約束さえ得られれば、即座にテロ指定を解除したいとの姿勢がはっきり見て取れる。
北としては、取りあえず口約束で得るものを得、実施過程で色々難癖を付けて実質的にサボタージュするという“通常の業務手順”(standard operating procedure)で対応してもおかしくないはずだが、今のところ、その気配はない。
基本的には、疑惑施設に対する「特別査察」を認めれば、北にとって、検証問題の曖昧化に成功した米朝枠組合意(1994年10月)より、後退したことになるからだろう。
一方、ブッシュ政権としては、「特別査察」さえ認めさせられれば、クリントン政権以上に踏み込めたと主張できる。
逆に、検証問題で腰砕けになれば、「ブッシュの対北政策はクリントン以下」という評価が確定することになろう。ブッシュ・ホワイトハウスに政治判断力が残っているなら、ここは簡単に譲れないはずだ。マケイン、オバマ両陣営とも、しっかりした検証が必要との立場を取っている。
もっとも、米大統領選でオバマ・バイデン陣営(これまでの六者協議プロセス、ヒル外交を高く評価)を有利にするため、今後北が、表面的に妥協してくる可能性もある。北の中枢部に政治判断の能力が残っていればの話だが。
空中分解必至の「相互査察」案
この稿を執筆中に、「南北相互核査察を提案か 北朝鮮がヒル次官補に」と題する速報ニュースが産経ウェブに載った(10月4日午後)。
韓国の聯合ニュースは4日、北朝鮮が6カ国協議の米首席代表ヒル国務次官補との協議で、核申告計画の検証に関連し、在韓米軍基地を含む南北相互核査察などを提案した可能性があると報じた。韓国政府消息筋は北朝鮮の提案内容に、「北がこの間、表明してきた主張を圧縮したもの」
と説明したという。
事実とすれば、これまた1990年代前半の「第一次核危機」の焼き直しだ。「南北相互核査察」の行き着く先は、空中分解以外考えられない。
拙著『アメリカ・北朝鮮抗争史』(文春新書、2003年)から、関連部分を引いておく。
1991年12月31日、韓国・北朝鮮両政府は「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」(南北非核化宣言)に調印する(発効は翌年2月19日)。使用済み燃料の再処理や濃縮ウランの製造禁止を盛り込むなど、核防条約の規定以上に踏み込んだ内容であった。
しかし、実効性を確保する上でカギとなる相互査察の進め方について、「相手側が指摘し、双方が合意した」施設を対象にすると、拒否権を認めた形になっている点が、大きな問題であった。
その後の南北協議において、韓国側は、査察は双方同数、聖域なし、抜き打ち査察容認(通告から実施までの猶予期間を24時間に限る)などの提案を行ったが、北はいずれも拒否した。そのため、相互査察の監理機関となるはずだった「南北核統制共同委員会」も、ほどなく休眠状態に陥る。
南北協議の停滞を受け、アメリカ国内では、やはりIAEAによる特別査察を北の核疑惑追及の中心的手段とすべきとの意見が強まることになる。……
宣伝になるが、再び上記拙著の今日的意義が高まってきたとの思いを最近強くしている。(島田洋一)