「テロ指定」解除 座談会―田中均、小此木政夫、島田洋一(毎日) |
昨日のエントリで触れた座談会が『毎日新聞』のウェブ版にも載ったので、以下に貼り付けておく。
福田「全方位土下座外交」を強く批判したのは、予想通り、三人のうち私だけだった。
毎日新聞
2008/6/28
北朝鮮:「テロ指定」解除 座談会 拉致解決へ外交努力を
<核申告のタイミング>
◇生き残りかけ動く--小此木氏
◇ハードル下げ進展--島田氏
◇任期末控え米急ぐ--田中氏
--北朝鮮がこのタイミングで核申告を行った背景をどう見るか。
島田氏 北朝鮮の思惑通りに核申告ができるまで、米国がハードルを下げたことが大きい。核兵器などに関する情報は入っていない。申告を検証してテロ支援国家指定の解除を決めるはずが、申告と同時に手続き開始だ。核拡散やウラン濃縮でも、米国の懸念を北朝鮮が認める程度で妥協した。
小此木氏 「段階解決」と「同時行動」という2原則が受け入れられたことが交渉進展の大きな理由。北朝鮮の目標は、体制生き残りの条件構築だ。今後は、完全な国交正常化と、過去の活動で獲得したものの廃棄を取引する段階を想定しているだろう。
田中氏 ブッシュ米大統領の任期はあと半年。新政権は半年くらい政策が停滞することがあり、現政権の間に次の段階に進めるのが大事だというメッセージを、米国は相当強く北朝鮮に送っていたと思う。
--米国がテロ支援国家指定の解除と対敵国通商法の適用除外を決めた思惑は。
田中氏 米国は、プルトニウムの量を把握、検証して、次の段階につなげれば、核計画の廃棄に到達できると考えている。北朝鮮に対しては、申告内容より、申告を検証する過程で追い込んでいくことが大事だ。米国は、申告は核の廃棄に向けての着地点ではなく、出発点だと位置づけている。検証で齟齬(そご)を解明し、最終的に、核の全面廃棄につなげる目的は、変わっていない。
島田氏 北朝鮮は米国に届く長距離ミサイルを持っていない。米国はまずプルトニウムの増産を抑えるのが国益にかなうと判断した。一方、日本は北朝鮮のミサイルの射程内にある。日米の安全保障環境は異なる。日本から見ると、米国は自分の国益を優先しすぎではないか。日本は日本の国益を考えて、対応すべきだ。米国追従はいけない。
小此木氏 北朝鮮の核実験を阻止できず、プルトニウムが蓄積され、海外に移転されるかもしれない状況は、米国の安全保障にも相当深刻な状態と認識されていたと思う。それをともかく止めなければとの考慮が強く働いただろう。日本側は、米国の安保政策に対する理解が少ないという気がする。
田中氏 直接脅かされないから北朝鮮に核が残ってもいいという考え方は米国は取っていないと思う。北朝鮮に核が残ったときの韓国や日本への影響は大きいし、米軍は日米安保条約で日本を防衛する義務がある。日米の安全保障認識は決して違っているわけではない。
<北朝鮮のメリット>
◇米朝正常化を意識--小此木氏
◇投資の拡大見込む--島田氏
◇欺けばまた元通り--田中氏
--北朝鮮にとって指定解除のメリットは。
島田氏 米国内法には、テロ支援国に指定された国への国際金融機関からの融資に反対しなくてはいけないという規定がある。それがなくなることで投資環境が改善し、いつ米国と戦争になるかもしれないという状況が改善に向かうというイメージが生まれる。北朝鮮はこれを契機に、さまざまな経済援助や経済取引の拡大なども見込んでいる。
小此木氏 北朝鮮には米国との関係正常化の段階的な一部であり、完全な正常化への大きなステップという認識がある。6カ国協議には米朝国交正常化の作業部会もある。これだけが目的ではなく、そういった枠の中で日朝国交正常化や北東アジアの平和、安全のメカニズムについても考えている。見返りの経済・エネルギー支援もある。非核化の代償としてすべて獲得し、生き残りの体制を作ろうとしている。その中で米朝正常化が一番大きな部分であることは間違いない。
田中氏 テロ支援国リストから外すこと自体は、直ちに大きな効果をもたらすものではないが、一つの障害が外れたことは、未来にとって大きなステップと北朝鮮は考えている。ただ、よく考えなくてはいけないのは、北朝鮮が、明らかな欺きをした時には、必ず元に戻り(=テロ支援国指定復活)、さらに状況が悪化するかもしれないということだ。今後それが、てこになる。北朝鮮が一つの関門を乗り越えたと安易に考え、核の廃棄や拉致問題のプロセスでごまかせばいいという方針を取れば、彼らが享受すべき結果は重大だ。北朝鮮はここを誤って判断しない方がいい。
<北東アジアの安全>
◇多角的な議論進む--小此木氏
◇韓国による統一を--島田氏
◇プロセス監視重要--田中氏
--6カ国協議の枠組みを北東アジアの安全保障のメカニズムに発展させる展望は。
小此木氏 第3段階の議論が順調に進むというのが必要条件になるだろう。これから6カ国の外相会談が開かれるということになれば、北東アジアの安全保障、多角的安保に関する議論がスタートすることになると思う。それは、決して悪いことではない。積極的にやるべきことだ。
島田氏 北朝鮮の現体制を存続させたまま、本当に長期の安定した安全保障環境は作れない。その意味で、多少のリスクはあっても北朝鮮の金正日(キムジョンイル)一派を政権の座から追い出し、レジームチェンジ(体制転換)させて、韓国による朝鮮半島統一を実現させることを日本の戦略目標にすべきではないか。韓国による吸収統一が日本の立場からも最も望ましいと思っている。
田中氏 6カ国協議の有用性はかなり長い間、続いていくだろう。その期間に結果的に何が起きるかは分からない。私はレジームチェンジを政策課題にする立場は取らない。しかし、北朝鮮が政策を変えていくことは必要だ。6カ国協議はそのプロセスを監視していかなければならない。そのプロセス自身が、一つの安全保障の仕組みになっていくだろう。ただ、今の段階で6カ国協議が北東アジアの安全保障の恒久的な枠組みだと決めてかかる必要はない。今やるべきなのは着々と問題解決に向かい、結果を監視すること。それが一つの信頼醸成の過程になる。
<拉致解決への課題>
◇最大カードは国交--小此木氏
◇制裁さらに強化を--島田氏
◇圧力使うのも外交--田中氏
--指定解除で拉致問題への影響は。
島田氏 今年4月に家族会の人たちとワシントンに行き、アーミテージ氏(元国務副長官)に会った。同氏は「私が北朝鮮をテロ支援国家に指定する理由欄に、拉致を書き込ませた。北朝鮮にとって、核廃棄よりも拉致被害者を帰す方がはるかに易しい。拉致問題で不誠実な対応をとる北朝鮮が、核問題でどんな約束をしようが信用できない」と述べ、指定解除に反対を表明した。また米国では、米国永住権を持つ金東植(キムドンシク)牧師が、00年に脱北者救援中に北朝鮮に拉致され今も解放されていない問題がある。妻子はイリノイ州在住で米国籍を持っている。米国の規定では過去6カ月テロ行為をしていなければ解除可能だが、金牧師の問題は現在進行形のテロだ。日本人拉致被害者も、テロリストの語学教育に今なお関与させられているかもしれない。そのことを日本政府はもっと強く訴えて、米国で指定解除に反対する人たちと連携すべきだった。ただ、指定解除を「米国の裏切り」とみるべきではない。米国は一枚岩ではなく、指定解除には共和党内に反対者もいれば、民主党に賛成者もいる。反米論になれば愚かなことだ。
田中氏 米国の圧力を使うのも立派な外交。私たちが小泉純一郎首相(当時)訪朝で交渉した時も米国の強い態度は圧力だった。いろいろな圧力を活用するのは当然だが、大事なのは目的。それは核や拉致問題の解決だ。政府は国民に対し、拉致問題を解決する義務がある。他の国が解決してくれるわけがない。今後、実際にどんな政策を実施するかだ。日朝間の一番大きなてこは国交正常化やその後の経済協力。指定解除でてこがなくなったわけではない。
小此木氏 拉致問題で北朝鮮を動かす最大のカードは、テロ支援国家指定ではなく国交正常化。指定解除問題は、日米連携のシンボリックな問題になってしまっている。
<日朝協議の評価>
--今月11~12日の日朝実務者協議をどう評価するか。
島田氏 日本の対応は問題だ。米国は拉致問題で進展がないと指定解除をやりにくい。北朝鮮も何らかの進展を見せたい。つまり日本は強い立場にあった。しかし、北朝鮮の「拉致問題再調査」というジェスチャーに過ぎないものに、一部制裁解除というプラスを与えてしまった。妥協した日本政府の失態だ。制裁解除によって船舶に積める「人道物資」の解釈が問題だ。福田政権はかなり拡大解釈を許すのではないか。
田中氏 北朝鮮との交渉の鉄則は、相手が何を言うかではなく、どう検証するかだ。02年9月の小泉首相の訪朝時、北朝鮮は真相解明を約束した。04年5月の2度目の訪朝も「白紙に戻して調査する」と言った。ところが、北朝鮮が出してきた調査結果が信頼できるものではなく、それを検証する時間もなく関係が悪化していった。今回、拉致問題も再び出発点に立ったわけで、その意味で日朝協議が失敗だったとは思わない。問題は、国民の目から見ても事実だという検証ができるか。それが大事だ。
小此木氏 米朝が第2段階の完了に向け動いていたのが(指定解除の)本筋であり、日朝協議が大きな影響を与えたというのは間違いだ。制裁の部分解除の内容を見れば、スタートラインを整えたということだ。
<日本にできること>
--米国は議会通告から45日を過ぎればテロ支援国の指定を解除するとみられている。日本はこの期間中に何ができるのか。
田中氏 日本は主権国家なので、取るべき選択肢はいろいろあると思う。日本政府は能動的に行動し、「ウィンウィン」(双方が勝者になる状況)の結果を作るべきだ。いろいろなてこを使うべきで、「45日」がすべてではない。
島田氏 民主主義の強みをどのように生かせるのか重要な局面にあると思う。政府が交渉する時に「国会や国民は強い立場を取っている」と言えた方が交渉力は強くなる。福田政権は譲りすぎだし、福田康夫首相の言動を見ていると、国民が注文をつけないと、安易に譲ってしまうと危惧(きぐ)している。
小此木氏 北朝鮮の核実験(06年10月)の後に米国は交渉路線に転換し、日本は制裁路線へ入った。その後、今の状態になっている。非核化の進展が拉致問題の進展につながる仕組みを作らなければならない。
田中氏 6カ国協議での合意は朝鮮半島の非核化、米朝正常化、日朝正常化などが並行的に動くという仕組みを作った。核問題の進展と同時に拉致問題も進展させる枠組みは既にできている。これまでは、米朝間の核問題のしのぎあいが続いてきた。日朝は、なかなか動かなかった。今や核問題は次の段階に差し掛かった。日朝も次の段階に持っていかなければならない。この機会を活用し、拉致問題を進め、日朝を、もう少し大きな枠組みの中で進めていくべきだ。
島田氏 北朝鮮は大量の核兵器を造る路線をいったんストップした。しかし、既に抽出したプルトニウムを使って4、5発の核爆弾を保有しようとまい進していると私は見ている。日本を射程に収めるミサイルは完成している。日本の立場から言えば、北朝鮮の核武装を進展させてしまっている。北朝鮮への物資の流れを止め、核ミサイルを造りにくい環境を作っていく。安全保障の観点から制裁強化が必要だ。
田中氏 北朝鮮が核弾頭を持っていると仮定すれば、それを廃棄しなければならない。そのためのプロセスの節目の一つに今はある。今後、プルトニウムの量を検証することで、結果的には核弾頭に行き着くだろうという推測がある。その道が残されている限り、核申告の内容が不十分だからといって、政策を止めるべきではない。
--第2段階が終わり、エネルギー支援に話が移った時、拉致問題との兼ね合いは。
田中氏 他国に迫られた時にどうするかという問題提起は必要ないと思う。日本が精力的に北朝鮮と交渉し、拉致問題の調査の枠組みを作り、検証していくプロセスに入る。北朝鮮が誠意ある行動を取っていないということが明々白々な場合、日本がエネルギー支援の枠組みに入っていく必然性はない。
ただ、日本が核問題に関心を持っていないという印象を外国に与えるべきではない。日本が拉致問題、核問題を包括的に動かすことで、初めて結果は出る。国際社会からも日本がまっとうだという印象を強くする結果につながる。
島田氏 日本が核申告に満足でない限り、ウラン濃縮を後押ししかねないような電力、重油支援に日本が参加しないというのは、拉致問題を離れても戦略的に十分合理的な判断だと思う。
小此木氏 これから始まる拉致問題の再調査の中身と手段が一番大きな問題になる。日本はこれまで人道支援もエネルギー支援もやっていない。日朝の協議がどう進展するかは、そのあたりにかかってくる。
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■人物略歴
◇おこのぎ・まさお
1945年生まれ。慶応大大学院博士課程修了。ジョージ・ワシントン大研究員などを経て現職。
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■人物略歴
◇しまだ・よういち
1957年生まれ。京都大大学院博士課程修了。拉致被害者を「救う会」全国協議会副会長。
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■人物略歴
◇たなか・ひとし
1947年生まれ。京都大法卒。外務省アジア大洋州局長として日朝平壌宣言作成にかかわる。
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