(07/8/10 写真を追加掲載)
下記は、『明日への選択』2007年6月号に掲載したレポートである。
価値観外交の重要な布石
-成果を上げた下村官房副長官「北朝鮮ジェノサイド展」訪問-
島田洋一(福井県立大学教授、「救う会」副会長)
現場レポート
去る4月26、27日の安倍首相訪米に補佐役として同行していた下村博文官房副長官が、26日午後、あえて首相と別日程を組み、ワシントン市内の「北朝鮮ジェノサイド(大虐殺)展」会場を訪れた。
同展は、人権団体・活動家の全米協議体「北朝鮮自由連合」(スザンヌ・ショルティ代表)が、毎年四月下旬にワシントンで行っている「北朝鮮自由週間」諸行事の一環である。
昨年までは、市内から車で30分以上かかる郊外(バージニア州)のコリアン系教会が会場だったが、今年は、ワシントンの中心部ユニオン駅近くのコーヒー・ショップ地下を借りることができた。
展示物は、中朝国境地帯や北朝鮮内で撮られた写真、脱北者の描いた絵、悲惨な生活ぶりを示す所持品、自由への願いを記した手紙などで、拉致被害者の写真やポスター、北が出してきた偽造死亡証明書のコピー等を掲示した「日本人拉致問題コーナー」もある。
北朝鮮当局のみならず、脱北者強制送還を続ける中国共産党を厳しく指弾する内容のパネルも並んでいる。下村官房副長官が、同展訪問への準備を指示したところ、外務省が難色を示したというが、確かにチャイナ・スクールあたりが見ればゾッとするような展示物も少なくない。
午後3時、折から訪米中の拉致被害者「家族会」の増元照明事務局長、斉藤文代さん、「救う会」副会長の私、在米アドバイザーのスーザン古森弁護士らが、入口で副長官を迎え、展示場へと案内した。
階下では、待っていた韓国系米人の人権活動家ナム・シヌ氏(北朝鮮自由連合副代表)、訪米中の脱北者たち、議会有志のスタッフらが総出で副長官を出迎えた。
まず、ナム氏が脱北者代表を一人ずつ下村副長官に紹介。韓国で金正日体制打倒運動をリードする姜哲煥、金聖民両氏、今回下院の意見聴取会で証言した千葉優美子(高政美)さんらの顔がある。
姜哲煥氏は2005年6月に単独で、金聖民氏は2006年4月に横田早紀江さんらと共にブッシュ大統領とも面会している。二人とも、救う会の西岡力副会長と日常的に連絡を取り合う仲だ。彼らは、同時刻、別の場所で開かれる「中国における宗教迫害」をテーマにしたシンポジウムを傍聴するはずだったが、予定を変更し、下村副長官と会いにやってきた。
紹介に次いで、ナム氏の案内・解説のもと、副長官は丁寧に展示物を見て回り、正面スクリーンに映された北朝鮮における公開処刑の映像(約10分間)にも目を凝らした。その間、日本人拉致問題のパネル前では、特定失踪者を親族にもつ「ワシントン拉致連絡会」代表・浅野泉氏夫妻が、アメリカでの活動等について説明した。
その後、脱北者代表らの求めに応じ、副長官を囲んでの記念撮影が行われた。別れ際、「来訪に心から感謝する」と言いつつ副長官と握手していたナム氏が思わず涙ぐむ場面もあった。
下村副長官訪問の意義
以下、ナム氏や、スザンヌ・ショルティ北朝鮮自由連合代表、脱北者代表らから聞いた下村副長官「ジェノサイド展」訪問を評価する声をメモ風に列記しておく。
「ブッシュ政権が突如ふらつきを見せ、正直、失望感が広がっていただけに、日本の政府高官が、何より重要な人権問題への積極的関心を示してくれたことは本当にうれしい。大変意義のあることだ」
「韓国政府の人間は、いくら呼びかけても返事すら寄越さない。改めて、韓国政府への怒りが湧いてくる。日本は、盧武鉉が何を言おうが、相手にする必要はない」
「現に中朝国境地帯で、脱北女性がセックス・スレイブにされている事実に見て見ぬふりをしている連中が、慰安婦問題など過去の話を持ち出して人権、人権ときれい事を言うのは、偽善の最たるもので許しがたい」
家族会・救う会代表は、毎年「北朝鮮自由週間」に合わせてワシントンを訪れ、アメリカの人権団体・活動家(主として保守系)との民間レベルの連携強化に努めてきた。逆に、日本で開催する国際会議に、アメリカからスザンヌ・ショルティ氏、韓国から脱北者代表らを招聘したことも複数回ある。
昨年の「ジェノサイド展」オープニング・セレモニーには、家族会・救う会代表とともに、議員有志を代表して古屋圭司衆院議員も参加し、スピーチを行った。
そうした地ならしの上で、今回、官邸の中枢にある下村官房副長官が同展を訪れた。そのため、主催者側に唐突と受け止める向きはなく、終始歓迎ムードの中、日本政府高官の「北朝鮮ジェノサイド展」訪問という積極外交は予期以上の成果を上げたといえる。
今後の「価値観外交」展開に向けて
下村副長官を歓迎した在米コリアンの人権活動家、脱北者代表らも、率直に言って、例えば慰安婦問題については、「強制動員」神話をおそらく信じているだろう。
しかし彼らは、現在進行形の凄まじい人権蹂躙こそが最優先で取り組むべき課題であり、安部政権がそれに取り組む限り、安部首相を支持し、安部叩きには与しないという明確な意思を示している。
反日勢力の「歴史歪曲」策動に対し、事実関係の謬りを正す努力を今後ますます強化せねばならない。と同時に、反日勢力の最大の弱みである「現在進行形の人権問題」に積極的に切り込むことで、各国人権活動家の中に安倍支持派を増やしていくという攻めの外交も重要だ。
なお、拉致問題での国際世論喚起に当たっても、日本が北朝鮮の人権問題全般に踏み込んだ姿勢をとることで、はじめて日本が最重視する拉致についても、海外人権活動家から踏み込んだ協力を得られるという現実の力学を意識しておく必要がある。
民間、議員有志の地道な活動の上に、政権の決断があって実現した下村「ジェノサイド展」訪問は、今後「価値観外交」を進める上で、一つの参考事例になるのではないか。