【アメリカの深層27】トランプ政権の本気度 |
正論2017年11月号
【アメリカの深層27】
トランプ政権の本気度
島田洋一(福井県立大学教授)
評論家の田原総一朗氏が7月末、「政治生命をかけた冒険をしてみないか」と安倍首相に持ちかけたという中身は、「まずトランプ大統領に6者協議の復活を提案。米側の条件を中ロ首脳に伝え、全員が了承すれば、安倍首相が訪朝し、金正恩に話す」だったという。9月7日、田原氏本人が明かした。
9月11日から約1週間、拉致被害者家族会、救う会、拉致議連が出した合同訪米団に私も参加したが(救う会副会長として)、幸いこうした愚かな案を口にする人は米側に1人もいなかった。
当然だろう。15か国からなる国連安保理でも、事毎に対北制裁の骨抜きを図る中ロ2国を牽制するのに日米は苦労してきた。6者となれば、中ロに北も加わった半数が、一歩ごとに日米に譲歩を迫る構図となる。6者協議は最早米国では死語になったと言ってよい。
ワシントンで面談したマット・ポティンジャーNSC(国家安全保障会議)アジア上級部長は、いかなる枠組であれ北朝鮮と公式の「対話」を始めると、必ず制裁を緩めるべきという圧力が掛かってくる、従ってオープンな交渉をしてはならないと強調した。正しい判断だろう。
NSCと国防総省の高官たちに対しては、私から、もしアメリカが、北の核ミサイル実戦配備前に「軍事オプション」(予防攻撃)に出るならば、日本政府は全面的に支持、支援すると確信すると述べた上、北の軍事力を開戦劈頭どこまで無力化できるのか、米軍の能力について尋ねた。高官らからは、北の6回目の核実験(9月3日)の後、トランプ大統領からマティス国防長官に対し、軍事オプションを具体的な作戦計画として提示するよう指示があった、軍事的に北の政権を一気に潰す態勢を明示することが、中国など北と取引を続ける国々への圧力の下支えともなる、軍はそうした役割をしっかり認識していると回答があった。
経済的圧力の強化については、ムニューシン財務長官が9月13日、保守系のFOXテレビのインタビューで「北と取引を続ける国との貿易を断つ大統領令の準備が整った。大統領が望めばいつでも発動できる」と発言し注目を集めた。本当に中国との貿易を止めるつもりなのかというキャスターの念押しに、長官は「相手が誰であれ貿易を止める。例外はない」と表情を動かさず答えている。先にトランプ大統領が貿易停止をツイッターで打ち出した際には、例によって思い付きの垂れ流しと軽くあしらうメディアが多かったが、財務長官の発言には、政権の本気度を示す意図があったと言える。
なお中東の特定国をビザの一時発給停止対象とした大統領令は違憲訴訟の連発に晒され、下級審で執行停止命令が相次ぐ展開となったが、連邦最高裁は、大統領が安全保障上採る措置については裁量の余地が広く認められるとして、下級審の判断を相当程度覆している。北朝鮮締め上げを目的とした大統領令なら、世論も裁判所もより好意的に反応しよう。
FOXテレビや、それ以上に草の根保守の動向を反映するトークラジオにおいて、北朝鮮問題で最も頻繁にゲストとして呼ばれるのは、中ロの妨害や不履行に遭いながら一歩一歩進めていく経済制裁では最早間にあわず、軍事オプション発動を決断すべきと主張するジョン・ボルトン元国連大使だ。
トークラジオの世界では、中共(ChiComs)は「敵」(enemy)、ロシアのプーチン大統領は「残忍な悪党」(thug)と呼ばれるに至って久しい。北への石油禁輸は人権侵害というプーチン発言は格好の揶揄の対象となった。「中国は北の石油の大部分を供給している。ロシアは北の強制労働の最大の雇用者」(ティラーソン国務長官)という認識も広まった。共和党員の7割は数か月来、軍事オプションやむなしとの意見である。コアな支持層の動向に照らしても、トランプ政権が妥協路線を採る展開はもうないだろう。