【書評】中西輝政『アメリカ帝国衰亡論序説』 |
正論2017年10月号
書評 中西輝政『アメリカ帝国衰亡論序説』
島田洋一(福井県立大学教授)
中西輝政氏が肌で触れた原体験のアメリカは、1960年代末から70年代初めに掛けて、すなわちベトナム戦争の泥沼化で社会が荒れ、解体前夜を思わせたアメリカであった。
「1960年代の初めに行った私の恩師である高坂正堯先生とでは、180度感想が違っているのです。高坂先生は、ニューヨークが大好きで、不動産が安かったら今でも行って住みたいと言っていました。しかし、私がそのつもりで行ってみたら、どこにも住みたいようなところはありませんでした」。
それを巻き返したのが、理念の明確なレーガン大統領だったが、今のトランプ大統領の「グレイト」には「アメリカを『デカい』国にしてなめられないようにする」という程度の意味しかない。理念に基づく「文化の一体性」が多民族国家アメリカの最大の凝集力であった。それが失われつつある現状は、「雲散霧消型の滅亡の道を歩んだ帝政期ローマによく似ている」と中西氏は指摘する。
氏は、「国際秩序を大きな底流やそのうねりの行方から考察する長期的戦略論を専攻」する学者である。それゆえ本書も微視的なアメリカ論に留まらない。
一読勇気づけられるのは、中西氏が、アメリカの衰亡だけでなく、中国やロシアも含めた総崩れを予測していることである。
中国では、「習近平体制は最後の独裁体制になる」と見る氏は、「日本が『共産党の独裁政治は許せない』という基本姿勢を維持し、民主的な改革を促し続ける」ことが極めて重要と強調する。
ロシアについても、「よくも悪くも欧米社会の影響を受けやすい国」で、ソ連崩壊後に国民は「民主主義の味」を知った。プーチン後には必ず民主化が始まる。「安倍首相は今、一生懸命プーチンとダンスを踊ろうとしていますが、そんな無駄なことはしない方がいいと思います」と氏は言う。
中西氏は、今後の「世界史を変える戦争」は「転覆戦争」だという。すなわち情報戦を多用し、特に中国を民主化させることが「世界史の命題」になる。
こうした情報戦の能力も含め、氏がかねてその政治力を高く評価するのが英国エリート層である。本書にも、「アメリカ人が、イギリスの上流と親しい関係になりたいという欲求は、古来、非常に根強いものがあります」といった記述がある。アメリカ人の嵐のような異議が聞こえてきそうだが、そうした点も含め、実に刺激に満ちた一書である。