【アメリカの深層24】トランプとニクソンの相違点 |
月刊正論2017年8月号
【アメリカの深層24】
トランプとニクソンの相違点
島田洋一(福井県立大学教授)
ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、三大テレビ網に代表される米主流メディア(いずれも民主党支持の強い傾向を持つ)だけを見ていると、トランプ弾劾不可避といった印象に陥りがちになる。
ニクソン大統領を辞任に追いやったウォーターゲート事件にちなんで、トランプ政権の「ロシアゲート」を云々する声も強い。しかし、両政権には重大な違いもある。
まず、ニクソン政権では、その全期間を通じて、上下両院とも野党民主党が多数であった。ニクソンは予算、法案を通すに当たって野党と妥協せざるを得ず、また価格統制や規制強化などリベラル派に迎合するような措置も取った。そのため、ニクソンは対内政策でも共産主義との「デタント」(緊張緩和)に走るのかと、保守派からの強い反発を受けるに至る。その政治基盤にはもろさがあった。
一方、トランプ政権下では、上下両院とも与党共和党が多数を占めている。法案については、上院において、5分の3(60名)以上の同意がないと審議を打ち切れないという院内規則が生きており、ある程度の妥協が必要だが、政権幹部人事、裁判官人事(いずれも上院に承認権がある)については、近年の規則変更により、過半数の同意があれば審議を打ち切って採決に入れる。
とりわけ裁判官人事(連邦最高裁、控訴裁、地裁ともに大統領に指名権がある)には、終身任期制で影響が長期に及ぶだけに、左右を問わず重大な関心が寄せられる。ここまでトランプは保守派判事の任命に成功してきており、選挙戦の頃よりも支持基盤を強化したと言える。日本と違ってアメリカでは、大統領を評価するに当たって、裁判官人事は最重要項目の一つと捉えられている。
なお、ニクソンの場合、最初に最高裁裁判官に指名したブラックマン判事が、保守派の間で悪名高い「ロウ対ウェイド」(1973年)の判決文起草者となったことで、さらなる支持層の崩落を招いた(同判決は、人工中絶は女性の権利とした上、妊娠第三期以降は州による中絶規制も許されるとした。保守派は、連邦裁判所にこうした決定を行う憲法上の権限はなく、各州に委ねるべきと主張する)。
問題とされる弾劾事由の、事件性そのものの相違もある。
ニクソンの場合、陣営が雇った秘密工作団による民主党本部への侵入という明白な犯罪事実があった。ニクソン自身は直接関与しなかったものの、逮捕起訴された工作メンバーへの口止め料の支払いを容認した録音テープの存在が、司法妨害のスモーキング・ガン(決定的証拠)とされた。これ以後、弾劾必至の情勢となり、ニクソンは辞任した。
トランプの場合、主流メディアが示唆してやまない、ロシアと組んでの選挙操作を裏付けるようなファクトは、現在まで何一つ出てきていない。米情報部内に何らかの決定的データがあるなら、機密に接しうる立場にある反トランプ派の職員によって既にリークされているはずだが、半年以上経って何も出ないということは、おそらく存在しないということだろう。
現在の状況に関し参照すべきは、むしろクリントン大統領の経験かも知れない。クリントンは、ホワイトハウス研修生との不適切な関係が問題化し、下院の弾劾訴追を受けた。裁判所役の上院では、偽証については55対45で弾劾不可が多数、捜査妨害については50対50で可否同数と、いずれにせよ憲法が要件とする3分の2に遙かに届かず、弾劾不成立となった。共和党の数人の議員を除いて、投票行動は党派ではっきり分かれた。
当時、著名な女性のフェミニスト作家が、「クリントンが中絶を合法にしておいてくれる限り、感謝の印に尺八(blow job)くらい喜んでしてあげる」と公言して話題になったが、左派を着々と判事に起用するクリントンに対する左翼運動体の支持は揺るがなかった。トランプについても、主流メディアと民主党が弾劾を叫び続けるものの、共和党多数の議会は動かないという状況が、予見しうる将来続くだろう。