【アメリカの深層23】中国への「二次的制裁」と傀儡政権 |
正論 2017年7月号
【アメリカの深層23】
中国への「二次的制裁」と傀儡政権
島田洋一(福井県立大学教授)
北朝鮮への制裁を実効あらしめるには、「二次的制裁」(北と取引する第三国の企業、金融機関への制裁)に直ちに踏み込むべき、が米保守派のコンセンサスとなった観がある。どんな制裁も効果がなく、北と話し合って妥協するしかないという意見も、リベラル派を中心に根強くあるが、「減りつつある少数派」(declining minority)と言えるだろう。
その点、デヴィド・コーエンの「北朝鮮に使えるある強力な武器」と題する一文は、リベラル色の強いオバマ政権で財務次官(テロ・金融諜報担当)、CIA副長官を務めた人の論説だけに注目される(ワシントン・ポスト4月21日付)。私も一度、日本の議員団と共にワシントンで面談したことがある。
彼は、「二次的制裁」は極めてシンプルに進め得るという。すなわち、海外の銀行に対し、「すでに制裁対象にある銀行(例えば、米国が指定する多くの北朝鮮銀行の一つ)との取引を続けるか、それとも米国金融システムへのアクセスを維持し続けるか、二つに一つ。両方は認めない」と迫ればよい。前者を選ぶなら、その銀行は以後ドル決済ができず、国際金融機関として存続し得なくなる。
中国の反発を心配する向きもあるが、「歴史は、さして懸念の必要はないと教えている」。コーエンは、財務次官として取り組んだイランでの経験を引く。
イランの銀行との取引を中断するよう海外の金融機関全般に要請し、ほとんどは従ったが、再三の警告を無視したのが中国のクンルン(崑崙)銀行であった。単なる要請や説得は、中国に対して意味を持たない。2012年8月、米財務省は「二次的制裁」を発動し、クンルンを米金融市場から閉め出す。中国政府は「お座なりで形式的な抗議」を行ったものの、米中関係の冷却化といった事態にはならなかった。結局、中国政府の指示により、クンルンはイランの銀行との取引を停止する。
コーエンは、中国が強く反発しなかったのは、「米側の金融圧力が、イランとの核合意交渉を進めるためになされていると理解していたから」であると言い、「同様に、トランプ政権の『最大圧力』政策も、北朝鮮の核・ミサイル計画に関する交渉を生み出すためになされていると見える」以上、中国の理解は得られると述べる。
この辺り、コーエンのリベラル的姿勢が窺えるが、重要なのは、リベラル派であって、かつ金融制裁の専門家中の専門家と目されている人物が、反トランプ・メディアの中心というべきワシントン・ポスト紙上で、中国への「二次的制裁」を強く主張したという事実である。何人もの保守論客が、早速、コーエン論説を補強材料に引いており、少なからぬ政治的インパクトを持つと言えよう。
コーエンは、まず「北朝鮮のフロント企業を支援している中規模の中国の銀行」から「二次的制裁」を適用し、「大銀行は後に取っておく」のが望ましいと述べる。
一方、共和党主流派の機関紙というべきウォール・ストリート・ジャーナルは、中国4大商業銀行の一角、中国銀行(Bank of China)への「二次的制裁」の必要にしばしば言及している。例えば4月25日付社説は、「国連の専門家パネルによれば、作年、中国銀行のシンガポール支店が北朝鮮の事業体の決済に605回関与している。中国政府はこの国連レポートの発表を阻止したが、内容はメディアにリークされた」と指摘する。同社説は、中国企業への「二次的制裁」は「トランプ氏の真剣さに関する最小限のテスト」だとし、中国が戦争を避けたいなら、北を「核兵器を放棄する政権に替える」努力に加わるべきだと主張する。
そして、金正恩後の体制は「必ずしも南との統一ではなく、中国と同盟を結ぶ北朝鮮政権であってもよい」と、現政権打倒に貢献するなら、中国による傀儡政権樹立を米国が認める可能性にも言及している。かつての韓国なら猛反発するところだろうが、文在寅政権なら、北に中国版「満州国」ができ、それをアメリカが国家承認、国際制裁が解除されるという展開をむしろ歓迎するのではないか。