《資料》「温暖化CO2主因説」の再検証(日本経済新聞) |
日本経済新聞
米政権交代で弾み? 「温暖化CO2主因説」の再検証
2017/4/3
二酸化炭素(CO2)による地球温暖化を否定するトランプ米大統領が、火力発電所に対するCO2排出規制の撤廃に踏み出した。去年の大統領選以降、米科学界はトランプ氏の姿勢について「科学の軽視は許されない」と猛反発しているが、人為的なCO2の排出を気候変動の主因とする温暖化論はいまだ仮説の域を出ていない。CO2以外の気候変動のさまざまな要因を検証する研究が進められており、異論も出ている。
■大きな自然変動要因
3月18日、都内で開かれた北極域の研究報告会で、国立極地研究所国際北極環境研究センター長の榎本浩之教授(雪氷学)は、北極研究を富士登山に例えると何合目に達したかと司会者に問われ、「少し登ったつもりでもまだ麓をうろついているだけ。何かが分かったと思うのは間違いだ」と、科学的な知見がまだ乏しいことを素直に認めた。
その端的な例として榎本教授が示したのは、最近、英科学誌に掲載された米カリフォルニア大学の論文だ。最近の北極海氷の減少の半分近くは自然変動がもたらしているという内容で、定量的な分析は初めてという。北極域は地球温暖化の影響が最も現れていると見なされてきたが、自然変動要因がこれほど大きいとなると、温暖化の解釈は容易ではなくなる。
20世紀末から観測された地上気温の停滞(ハイエイタス)は、CO2濃度が高くなると気温が上がるとする単純な温暖化シミュレーションが通用しないことを物語った。大気と海洋の相互作用を加味すると、気温の再現性が改善されることが分かった。この場合、人間の手が直接及ばない海洋の影響がやはり半分ほどになるという。
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、人為的な温暖化ガス排出のリスクを評価し、実質的にはパリ協定を通じて各国に対策を促している。しかし、温暖化ガス以外の気候変動要因を深く検証することはせず、むしろ軽んじてきたのが実情だ。この結果、シミュレーションでは再現できないハイエイタスのような現象に向き合いにくい。
■太陽や宇宙線の影響も
気候変動要因として、ずっと以前から取り沙汰されているのが太陽の影響だ。名古屋大学の草野完也教授(天体物理学)は「太陽からの総放射量の変動幅は0.1%ほどだが、紫外線は数%から10%。成層圏から対流圏への波及が考えられる」と話す。活発な時期に大量に放出される太陽風は大気上層の空気をイオン化し、大気の化学組成を変えるという。
草野教授は「こうした要因はこれまでのシミュレーションにほとんど入っていない」と指摘したうえで「複雑な科学を十分に吟味した上で政策に反映してもらいたい」と注文をつける。同氏は約1000年前に現代ほど暖かだった中世温暖期も太陽の影響が大きかったとにらんでおり、実証を目指している。
はるか宇宙のかなたから飛来する放射線の働きも分かってきた。立命館大学の北場育子准教授(古気候学)らは、地球の磁場が弱まると宇宙放射線が雲のもととなり、太陽光を跳ね返して気温を下げる効果があることを、数十万年前の大阪湾の堆積物から解明した。現在、地球磁場はゆるやかながら減少しており、雲と宇宙放射線の関係はさらに注目されそうだ。
3月9日の文部科学省の気候変動研究プログラムの報告会では、国内の主流の温暖化研究者たちが雲の作用などさまざまな要因を盛り込むことで、気候予測の不確かさを減らす狙いを語った。同様の講演会を過去10年に100回ぐらい聴講しているが、CO2以外の要因に言及する割合が年を追うごとに増えている印象がある。
■「CO2を出すのはよくないこと」
こうして研究者が手探りなのに対して、首をかしげるような過激な脅威論もある。2月に聴講したあるシンポジウムで、国連環境計画金融イニシアチブの末吉竹二郎特別顧問は「パリ協定で新しい価値観が生まれた。CO2を出すのは悪いことだ」と断言し、CO2を多めに排出する火力発電への投資をやめるよう要求した。科学者が決して口にしないような物言いに、筆者は強い違和感を覚えた。
パリ協定の採択以降、科学的な知見とは無関係にCO2削減の圧力が強まっている。温暖化の途上国への経済的影響を先進国の「罪悪」とみなし、「クライメート・ジャスティス(気候正義)」を問題にする事例がその一例だ。やはりCO2排出を経済の問題に短絡させる主観的な見方であり、警戒すべき傾向だろう。
去年出版された「気候変動クライシス」(東洋経済新報社)は、ノーベル経済学賞候補とされる著名な経済学者である米ハーバード大学のマーティン・ワイツマン教授らが、CO2による温暖化を所与のものとして炭素税の大胆な導入などを提言している。しかし、同書の翻訳者である山形浩生氏は、あとがきで「多くの温暖化対策は、内輪のかけ声とポーズで終わっている」と冷や水を浴びせる。
山形氏はかつて「環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態」(ビョルン・ロンボルグ著、文藝春秋)を翻訳。2001年に出版された原書はCO2にとらわれない気候変動対策を提言し、世界の主流派から袋だたきにされたが、今となっては現実に即した見方といえる。山形氏は「最近はCO2を減らす緩和策ではなく、気温上昇への適応策が語られるようになった」と現実論に理解を示す。
■ホッケースティックは陰謀だった?
科学者の中にも強硬な脅威論者はいる。日経サイエンスの4月号に英オックスフォード大学のレイ・ピアハンバート教授による「気候変動陰謀論はばかげている」というコラムが掲載された。人間活動による温暖化の脅威を主張しているが、温暖化理論が40年も前に確立されていたとか、雲の作用はないとか事実に反する記述が目立つ。
20世紀後半の急激な気温上昇を示す「ホッケースティック曲線」は、データが恣意的に処理されていたにもかかわらず、当時のIPCC幹部の目に留まり、2001年の報告書に大々的に喧伝(けんでん)されたが、後でほぼ否定された。同教授はこの報告書の主著者のひとりだったので、責任の一端はある。
首都大学東京の三上武彦名誉教授(古気候学)は「ホッケースティック曲線は一般の人に分かりやすくアピールする政治的な狙いがあったが、はっきり言ってやりすぎだった」と振り返る。
■米国では激論、日本はなんとなく定着
1970年代は気温の低下が明らかで、世の中には地球寒冷化論が満ちあふれていた。80年代に入り、人為的温暖化論が急速に台頭したが、日本では何が受け入れられるきっかけだったか判然としないまま、いつの間にか反論を許されないほどの「学説」として扱われている。
米国では温暖化対策について、以前から民主党が推進論、共和党が否定論を唱え、政争の具となっていた。90年代には連邦議会などで激論が交わされてきた点が日本の事情と大きく異なる。ホッケースティック曲線についても同様で、一連のトランプ発言はこの流れの中にあり、政権交代で弾みがついたといえそうだ。
トランプ氏の温暖化否定論が極端にすぎるとしても、もしCO2の影響が想定より少ないことが判明すれば、近い将来に温暖化対策の方向性を変えていく必要はあるだろう。「何があってもCO2削減の手を緩めるな」という威勢のいい主張は、目的と手段を取り違えた議論にみえる。
(科学技術部シニア・エディター 池辺豊)