【アメリカの深層20】台湾に米軍駐留―中国の南シナ海侵出に対抗するボルトン構想 |
【アメリカの深層20】
台湾に米軍の駐留を!中国の南シナ海侵出に対抗するボルトン構想
島田洋一(福井県立大学教授)
ボルトン提案の意味
ジョン・ボルトン元米国連大使が「米軍の台湾駐留」を提案して話題になった(ウォールストリート・ジャーナル、2017年1月17日付)。ボルトンは現在、米外交界で、保守ハードライナーを代表する存在である。私も過去に5、6度会ったことがあるが、理念的に明確で、単刀直入かつユーモアのセンスもある。
まず、ボルトンの提案を速報した共同通信の記事から一部を引いておこう。
《ボルトン氏は「台湾は地政学的に東アジアの国に近く、沖縄やグアムよりも南シナ海に近い」と指摘。海洋進出を強める中国への牽制に加え、沖縄米軍の一部を台湾に移すことで「日米摩擦を起こしている基地問題を巡る緊張を和らげる可能性がある」と述べた。「海洋の自由を守り、一方的な領土併合を防ぐことは米国の核心的利益だ」と強調。台湾との軍事協力の深化は「重要なステップだ」とした。》
「沖縄米軍の一部台湾移転」の部分が日本で特に注目されたのは当然とも言えるが、あくまで副次的に触れられたに過ぎず、論文の主眼ではない。むしろ、キーワードは「シンガポール」である。示唆に富む一文なので、以下、やや子細に見ていきたい。
まずボルトン論文のタイトルは、「『1つの中国政策』を再考する」である。その通り踏み込んだ内容となっている。
冒頭近く、ボルトンは、「最近、台湾での年次軍事演習のため香港経由で運ばれていたシンガポールの軍事機材を中国が押収した」一件を取り上げている。余り知られていないが、シンガポールは、共産中国と国交樹立後も、台湾との軍事交流を続けてきた。ボルトンが言及したのは、2016年11月、軍事演習を終えて台湾からシンガポールに回送中の装甲兵員輸送車が、経由地の香港で差し押さえられた事件である。
CNNは同年11月30日付で次のように報じている。
《中国外務省報道官は28日、「中国と外交関係のある国が、台湾との間で軍事を含む公式交流を行ったり協力したりすることに反対する。シンガポール政府に対しては、1つの中国の原則の約束を守るよう求める」と語った。シンガポール国防相は29日、「我が国の海外演習が秘密だったことはない。演習を行う場所も公にされている」と述べた。……台湾の国防部からは、自軍のものではないとして、コメントはなかった。》
この軍事交流は、1975年に台湾の蒋経国総統とシンガポールのリー・クワンユー首相の間で合意された「星明かりプロジェクト」(Project Starlight)と呼ばれるもので、国土の狭いシンガポールに台湾が演習場所を提供することなどを内容とする。
当初、秘密プロジェクトであったが、2007年、演習中のシンガポール戦闘機が死傷事故を起こしたことから公になり、以来、中国の中止圧力を受けていた。中国側は、代わりに海南島を演習地として提示したが、米製兵器(シンガポール軍が多数用いる)の秘密が漏れかねないと懸念する米側の圧力もあり、話は進まず、北京の苛立ちを高めてきた(米・シンガポール間の軍事関係については後で触れる)。
2016年7月12日、ハーグの常設仲裁裁判所が、南シナ海における中国の領有権主張や人工島建設は国際法違反とする裁定を下した。その際シンガポール政府が評価するコメントを出したことも、中国側の懲罰意欲を増したであろう。
台湾とシンガポールは、それぞれ南シナ海の北東と南西の出口(地図でいえば右上と左下)を扼する戦略ポイントに位置する。南シナ海で「航行の自由作戦」を行う米軍が、この両国に常設拠点を持つことは、中国軍へのかなりの牽制につながる。
そのため、北京としては、まず台湾・シンガポールの軍事関係を断ちに掛かったというのが、上記押収事件の意味するところであろう。
ボルトンは、この中国側の行為を、南シナ海での軍事基地建設と同様、力による現状変更と捉えるべきで、対抗措置に出ねばならないと言う。
具体的には、まずは台湾に対する兵器売却の拡大を、そして台湾への「米軍事要員と軍事資源」の「再配置」をも視野に入れるべきというのがボルトン提言の骨子となる。米軍による基地の使用権獲得は、ただちに台湾との全面的な同盟を意味しない。従来の「シンガポールの行動と同様か、いくらか拡大した程度」に過ぎず、新たな条約や立法措置を要せず、既存の台湾関係法の枠内で十分実施可能だとボルトンは言う。現にシンガポールが台湾で行ってきたことをアメリカが行えないと考えるのはむしろ不自然というのである。
ちなみに、共同通信が引いたボルトン論文の一節をより厳密に訳せば、次のようになる。
《台湾の地政学的位置は、沖縄やグアムより、東アジアの大陸や南シナ海に近い。そのため必要が生じた時、地域全体を通じた米軍のより柔軟な緊急展開が可能になる。日米関係を悩ませる問題である沖縄から、少なくともいくらかの米軍を再配置できれば、日米の緊張を和らげるのに資するかも知れない。そして現在のフィリピン指導部は、予見しうる将来、軍事その他の協力関係を拡大できる相手とは思えない。》
沖縄については、ドゥテルテのフィリピン並みの存在という意味で引かれているわけで、日本にとって名誉な言及のされ方ではない。
ここで、ボルトンが参考事例とするアメリカとシンガポールの軍事交流について簡単に見ておきたい。
1991年に米軍がフィリピンの基地を引き払って以後、シンガポールが代替施設の提供を申し出、米軍の航空機や艦船にさまざまな便宜を供与してきた。2014年には、電子兵器や無人兵器を搭載した、小回りの効く新型「沿海域戦闘艦」の配備を受け入れ、翌年12月の追加協定で、新型哨戒機P-8(ポセイドン)に対する基地提供も開始された。マラッカ海峡から北に南シナ海を望む拠点を、米軍は一層固めたわけである。台湾にも同様の拠点を、というのがボルトン提言における軍事的な意味である。
「一つの中国」は冷戦の遺物
「一つの中国」を常に唱えるのは、北京の常套戦術の一環だとボルトンは注意を促す。すなわち、「一見罪のなさそうなスローガンを選び、海外諸国に受け入れさせ、その後、言葉を北京に都合のよく再定義した上で、ナイーブな外国人を引きずり回す」というパターンである。この悪しき構図を打ち破らねばならない。
したがって、「われわれは、1972年ではなく2017年を反映した、一貫した戦略を持つ必要がある」とボルトンは主張する。
1972年のニクソン訪中時に発表された上海コミュニケには、「台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国はただ一つであり、台湾は中国の一部分であると主張していることを米側は認識している」とある。
まず当時は、台湾側もそう主張していた。しかし、今や状況は変わった。
台湾では民主的制度が確立し、他方、中国本土は習近平政権下で抑圧を強めつつある。英国からの返還に当たり高度な自治が約束されたはずの香港では、中国当局によるメディア関係者の拉致に象徴されるように、自由は危殆に瀕している。軍事介入の口実を与えぬよう、あからさまには言わないが、多くの台湾人が、事実上、大陸とは別個の台湾国家にアイデンティティーを感じていよう。
第2に、当時は冷戦の真っ最中で、主敵たるソ連を孤立させるため、中国を西側に引き込むことに戦略的合理性があった。そのため、レーガンでさえ、中国の人権状況を正面から問題にせず、経済・軍事交流を進めるなど、同じ全体主義国でありながら、ソ連とははっきり異なる扱いをした。しかし今や、ソ連は消滅し、巨大なファシズム国家へと変貌した中国が自由の主敵となっている。中国共産党幹部はよく、「冷戦思考を捨てよ」と日米に要求するが、中国の特別扱いこそが「冷戦思考」の特徴であり、それを止めよという意味なら、まさに正論と言える。
第3に、中国が軍事力および周辺諸国への脅迫・懐柔の道具としての経済力を増大させ、覇権的行動が傍若無人の度を増してきた。そして、中国海軍が早期の突破を目指す第一列島線(日本列島から南シナ海東部に至る)の要の位置に、台湾はある。
ボルトンが唱える「2017年を反映した戦略」とは、上記全ての要素を織り込んだ戦略という意味である。そして、中国におけるマイナス変化と台湾におけるプラス変化を併せ考えたとき、導き出される結論の一つが、台湾との軍事関係再構築になるわけである。
台湾との関係「アップグレード」
作年12月2日に、トランプ・蔡英文電話会談が行われた直後、非常識な行為だと息巻く進歩派メディアや評論家に対し、マイク・ペンス副大統領は、「オバマ大統領がキューバの独裁者を抱擁した際、褒めそやした人々が、トランプ次期大統領が民主的に選ばれた台湾総統と電話会談すると、口角泡を飛ばして追及する。そのさまは私には奇異に映る」とコメントしていた。正論だろう。
ボルトンも、あるテレビ番組のインタビューで、「米中関係を揺るがした(shake up)との批判があるが」と問われ、「一本の電話が何十年にも亘る何かをひっくり返すなどと考えるのは馬鹿げている」といなした上で、「ただ、米中関係はまさに大きく刷新させる(shake up)必要がある」、「過去数年間、中国は南シナ海において強引な、いや好戦的なと言ってよい行動を取ってきた」、その状況を踏まえた対抗措置が必要だと語っていた(Fox & Friends, 2016/12/03)。
同時に、台湾との関係は「アップグレード」せねばならないと述べたが、その意味は、ボルトンが別の場で語るところでは、外交面においては、次のような措置を指す。
台湾の外交官を公式に国務省に迎え入れること、アメリカの利益代表部(台湾との国交断絶前は大使館だった)である「米国在台湾協会」(American Institute in Taiwan)を民間の「協会」から公式の外交施設に格上げすること、台湾の総統が公的資格で米国を訪問できるようにすること、アメリカの政府高官が公務で台湾を訪れるのを認めること、最終的には外交関係の完全回復を実現すること等々である。
そして軍事面では、先に述べたように、シンガポールを参考事例にすればよいということになる。
ボルトンという人物
最後にボルトンの発想の根を知るため、経歴に触れておくと、1948年、消防士を父に、両親共に中卒という一般家庭に生まれた。高校時代の1964年、すでに運動員として共和党右派のバリー・ゴールドウォーター大統領候補(共和党)を応援したという生粋の保守派である。ゴールドウォーターは現職のリンドン・ジョンソン(民主党)に敗れたものの、その後も上院議員として、台湾への防衛支援を定めた台湾関係法(1979年)の成立に中心的役割を果たすなど、長く親台派の大御所であった。
ボルトンは、名門エール大学法科大学院を優等で卒業した後、弁護士となる。その後、政府関係では、まず米国国際開発庁(USAID)で対外援助に関わるポジションに就いた。レーガン政権第二期で司法次官補となり、主に連邦裁判官の候補選定作業に当たっている。1987年、エール時代の恩師で保守派のロバート・ボークが最高裁判事に指名されたが、当時上院で多数を握っていた民主党の猛烈な攻撃に晒され、投票の結果否決されるという事件があった。この時公聴会を仕切った上院司法委員長が、オバマ政権で副大統領を務めたジョー・バイデンであった。この時「ボークする」という言葉が生まれている。判事候補を揚げ足取りでつぶす行為を指し、以来、最高裁人事をめぐる政争が激しさを増したと言われる。
その後、ブッシュ長男政権で、国務次官(大量破壊兵器、軍備管理担当)、次いで国連大使を務めた。
さて、ボルトンの「台湾への米軍駐留」論は、少なくとも現在のところ、米政界における主流の考えとは言えないであろう。「過激すぎる」がおそらく一般の反応であろう。トランプ政権も2月9日、中国側と電話首脳会談を設定し、「トランプ大統領は、習主席の求めに応じ、『一つの中国』政策を尊重することに同意した」との発表を行った。当面、事態の沈静化を図った格好である。
ただボルトンは、保守系大手テレビ局FOXニュースの常連コメンテーターであり、またラッシュ・リンボー、ショーン・ハニティ、マーク・レビンといった人気トークラジオ・ホストが、何か外交問題が起こるたびに呼ぶゲストの筆頭である。そして、これらの番組の視聴者こそが、トランプ大統領を実現させた草の根保守の中核層である事実は、意識しておく必要があろう。