【天下の大道8】続く日本からの「性奴隷」発信 |
WiLL2017年3月号
【天下の大道8】
続く日本からの「性奴隷」発信
島田洋一(福井県立大学)
1月6日午前、釜山の日本総領事館前に設置された慰安婦像を韓国政府が放置していることに関し、菅官房長官が、大使「一時帰国」を含む対抗措置を発表した(他に通貨スワップ協議の中断、ハイレベル経済協議の延期など)。
このうち大使の本国召還は、日常的な事務処理を超えた建設的協議を行える相手とは思えないとの意思表示であり、国際社会に対し、特に在外施設周辺で慰安婦像設置を認めるなら日本との友好関係は築けないとのメッセージを発することにもなろう。というより、そうしたメッセージとなるよう、外交攻勢を掛けねばならない。
大使召還というと、私のような外交研究者には、次の例が直ちに思い浮かぶ。
1938年11月10日、ドイツで「クリスタル・ナハト(水晶の夜。飛び散ったガラス片を冷笑的に水晶に喩えた)」が起こった。その3日前、パリ駐在のドイツ大使館員がユダヤ人難民に射殺された事件への「報復」として行われたナチス政権による組織的迫害だった。200近いシナゴーグが焼かれ、無数のユダヤ人商店や住居が略奪破壊された。政府は、今回の被害は損害保険の適用外との布告を出し、さらに、亡くなった外交官への補償名目でユダヤ人・コミュニティに巨額の「賠償金」まで課した。
米ルーズベルト政権は、抗議の意思表示としてウィルソン駐独大使を本国に召還し、以後、結局ナチス政権の崩壊まで帰任させなかった(ちなみにそのナチスと、日本は、事実上アメリカを唯一の仮想敵とする同盟条約を結ぶ。推進した松岡外相らにとってはアメリカへの牽制であったが、逆に無用な挑発となった)。
ナチスの例を想起しても、日本軍の慰安婦制度を、クリスタル・ナハトを越えホロコーストと同一視までする宣伝を反日勢力が行っている事実に照らせば、あながち飛躍とは言えないだろう。
こうした極度の誹謗に対しては、日本政府は怒りがはっきり伝わる形で対抗していかねばならない。
歴史戦の主戦場は、米国の首都ワシントンであり、国連機関の集中するニューヨーク、ジュネーブである。これらにおける積極的な外交活動に加え、日頃の英語発信が非常に重要となる。
官房長官による上記発表と前後して、訪米中の杉山外務事務次官がブリンケン国務副長官と会談し、慰安婦像をめぐる韓国政府の対応が合意の精神に反する旨を説明したという。
やはり同日午前、安倍首相がバイデン米副大統領との電話会談で、日韓両政府が責任をもって合意を実施することが肝要で、「これに逆行することは建設的でない旨説明」してもいる。いずれも機動的な外交と評価できよう。
ところがこうした努力を無にするような英語発信が、日本から行われ続けている。
大使召還を報じたジャパン・タイムズ1月6日付記事(同紙記者執筆)は、「慰安婦というのは、日本の軍売春宿で帝国軍兵士にセックスの提供を強制された女性たちを指す婉曲語句」(The term comfort women is a Japanese euphemism for the females who were forced to provide sex for Imperial troops in Japanese military brothels)との解説を付す。
同紙1月8日付記事(共同配信)も、韓国の慰安婦像は「日本帝国軍兵士にセックスの提供を強制された人々を象徴する」(representing those forced to provide sex for Imperial Japanesetroops) と表現している。
同紙 1月9日付記事(共同、時事配信)も、「日本の戦時売春宿で働くことを強制された女性と少女に捧げられた釜山の像」(statue in Busan dedicated to women and girls forced to work in Japan’s wartime brothels)と同工異曲である。英語圏読者の同情心は、自然、像を設置した側に、怒りは「政府間合意」を盾に冷たく撤去を求める側に向かうだろう。
朝日新聞も、日本語版では単に「慰安婦」とする場合でも、英語版では「日本軍兵士にセックスの提供を強制された慰安婦」(comfort women who were forced to provide sex to Japanese troops)といった表現をしばしば用い、誤解を世界に拡散し続けている(1月6日付)。
海外のメディアは、こうした日本発の英文記事を参照しつつ、慰安婦「報道」を行ってきた。日々背後から有力な国産英文メディアが鉄砲を撃つ中で日本は歴史戦に勝ち得るのか。政治の場でも大いに取り上げるべき問題だろう。