【天下の大道4】「司法テロ」に備えた憲法改正を |
下記は、月刊ウィル2016年11月号に掲載された一文です。
【天下の大道4】「司法テロ」に備えた憲法改正を
島田洋一(福井県立大学教授)
自由民主社会を内側から掘り崩す手段に「司法テロ」がある。関係者が準備に準備を重ね、数々の規制をクリアして再稼働した関西電力高浜原発3、4号機が今年3月、一裁判官(大津地裁)が下した仮処分決定により運転停止に追い込まれた。その後、関電が二度の異議申し立てを行うも、同じ裁判官が担当し却下した。「たった一人の反乱」に内閣も国会もただ手をこまねくばかりである。
多大の政治エネルギーを費やして成立した新安保法制も、仮に最高裁判事の過半数(15人中8人)が違憲無効と判断すれば破棄となる。憲法学者(正しくは、大学に職を得ている憲法担当教員)の大半が同法制を違憲とする現状に鑑みれば、あり得ない話ではない。安倍政権も、2013年8月、まさに憲法解釈変更に抵抗したため更迭した山本庸幸内閣法制局長官を最高裁判事に横滑りさせるという無防備な人事を行っている。同氏は就任会見で、集団的自衛権行使には「憲法改正しかない」と改めて主張した。
山本氏(旧通産省出身)はいわゆる行政官枠(2~3人)で最高裁入りしたが、前任者は外務省OBの竹内行夫氏だった。次官当時、「制裁は北朝鮮を刺激するだけ」等の発言を繰り返した宥和派である。果たして「高い見識を持ち、法律に詳しい」という要件を満たす人物だったろうか。これらの人事が、国民の目からは全く「藪の中」で為されているのである。
ちなみに日本では、最高裁裁判官15人の名をすらすら言える人は、法曹関係でもほとんどいない。例えばアメリカでは、法曹人はもちろん、議員や記者、普段ニュースに注意を払う一般人ですら、連邦最高裁裁判官9人の名前をほぼ全員言える。なぜか。
最大の理由は、裁判官任用システムの違いにある。
アメリカでは、最高裁裁判官(終身任期)が死亡ないし引退表明した時点で、大統領が後継候補を指名し、上院の承認が得られれば就任となる。その間、本人出席のもと公聴会が行われ、国民は連日の(スキャンダルも交えた)報道を通じ、候補者の来歴、思想傾向、ひととなりを嫌でも知ることになる。
一方日本では、内閣が任命(長官のみ内閣の指名に基づいて天皇が任命)した時点で最高裁人事は完了し、国会は一切関与しない。公聴会などもちろん開かれず、国民は、いかなる人物が最高裁の椅子に座るのか知る機会がない。違憲立法審査権を現行憲法に書き込んだのはもちろん米占領軍(GHQ)だが、GHQは裁判官任用については、本国のシステムを持ち込まなかった。その不備が放置されているのである。
仮に、今後再び村山富市、菅直人氏のような首相が現れ、一定期間政権を握り、福島瑞穂弁護士のような人物を次々最高裁に送り込めば、過半数(8人)を握った時点で、日本の伝統や安保体制を根底から覆す合法的な「司法テロ」が可能になる。
アメリカでは、上院議員100名の過半数で判事人事が承認されるが(可否同数の場合は、上院議長である副大統領が決定)、院内ルールで、60名すなわち6割の同意がなければ審議を打ち切れず、事実上4割プラス1の少数派に拒否権が与えられている。そのため、左右を問わず国民の常識から外れた人物が上院の審査を通る可能性は低い。日本にはない安全弁である。
不思議なのは、なぜ普段「国会軽視」を事々に叫び、「国民の知る権利を確保せよ」と訴える議員、特に野党議員たちが、この点での憲法改正を主張しないかである。現に衆参両院の同意が必要とされている人事は多々あり、日銀政策委員会、原子力委員会、NHK経営委員会など30以上に上る。議員たちにとっては、自らが通した法律を無効化する権限を持った最高裁裁判官は、これら人事より遙かに重要度が高いはずだ。それが首相の一存で決まる現行憲法の規定をなぜ問題にしないのか。
総選挙の際に同時に実施される最高裁判所裁判官の国民審査は、誰もが指摘する通り、有名無実の制度である。投票所での棄権が許されないため、白票が自動的に「罷免不可」にカウントされる運用上の不備もさることながら、何より国民にとっては情報を得る機会がないため、判断のしようがない。
最高裁人事は国会の承認を要すると憲法改正し、公聴会を実施すれば、候補の資質や思想傾向が広く一般に知られるところとなる。一旦関心が高まれば、その後も重要判決のたびに個々の裁判官の動向が報じられよう(米国では現にそうなっている)。そうすれば、国民審査制度も意味を持ってこよう。
情報公開が進むことで、内閣も、これまでのように、法曹三者や官庁の「業界」内順送りを追認するだけの適当な人事はできなくなる。9条以外にも憲法改正を考えるべき点は多々ある。上記はその一例である。