【直言】評価点と課題が混在する中国への反論 |
直言【第232回】平成26年2月3日
評価点と課題が混在する中国への反論
国基研企画委員・福井県立大学教授 島田洋一
中国共産党政権による国際的な反日攻勢を受け、日本政府も事実を武器に反論し始めた。大いに歓迎したい。同時に問題点も浮かび上がってきた。以下、代表例として佐々江賢一郎駐米大使(1月16日ワシントン・ポスト)、林景一駐英大使(1月22日デイリー・テレグラフ)、梅本和義国連次席大使(1月29日国連安保理討論)の反論を取り上げる。なお、いずれも組織による文書だが、便宜上、佐々江、林、梅本と略称する。
●中国の軍国主義と人権抑圧
佐々江は、平和的秩序を乱しているのは「周辺諸国に対する中国の軍事的、商業的強圧だ」と明確に指摘し、林も「力と強圧によって現状を変更しようとする中国の試み」に警鐘を鳴らしている。この辺りの論は非常に説得的だ。
もっとも佐々江が「中国と違い日本は第二次大戦以来、一度も戦闘で発砲していない」と付け加えたのは勇み足ではないか。それはテロ政権に同胞を拉致され、救出できない弱さにもつながっている。また、世界に軍を展開するアメリカで好意的反響を得られるレトリックでもないだろう。
一方佐々江が、「中国は開かれた議論や情報の流れを許さず、従って中国国民は世界中の人々が知る真実に接し得ず、政府が広める歪んだ見方を批判することもできない」と人権問題に踏み込んだのは評価できる。林も「日本では政府を批判しても逮捕されない」と軽いジャブを放っている。梅本は「アベ」と呼び捨てにする中国大使の激しい反日演説に晒されつつ、中国の強圧的対外行動にも人権抑圧にも言及せず、国連安保理という注目度の高い舞台に立ちながら覇気のなさが顕著だ。「今回は売られたケンカは間髪入れず買わねばならない」「もう『事なかれ』では済まない」(外務省幹部)という方針に照らし、訓令違反に近いだろう。
●中国の反日暴動、慰安婦問題
三大使とも「過去」や「戦争」への謝罪と反省の念を改めて表明している。が、「過去」や「戦争」の何をどこまで日本の責任と捉えるのか明確でない。また問うべき相手の責任は問うという姿勢が希薄だ。例えば近年、中国政府が使嗾黙認する形で起こった日本企業への焼き討ち・略奪事件など、なぜこの機会に厳しく追及しないのか。この問題に照射することで、過去の日本軍の行動も「侵略」と一括りにはできず、在留邦人の命と財産をテロから守るといった側面もあった事実が自然浮かび上がろう。すなわち歴史認識の精緻化にも通ずる重要論点である。
最後に、今回もやはり失望させられたのは慰安婦問題での対応だ。「『慰安婦』は強制された性奴隷」という表現で安倍首相を批判する駐米中国大使に対し、佐々江の反論は沈黙している。梅本は、韓国大使の歪曲演説を前に、日本は繰り返し謝罪し金銭的償いもしてきたと従来通りの「逃げの反論」を生気なく並べるばかりだ。
が、この問題で大使たちばかりを攻めるのは酷だろう。
日本軍は慰安所を利用したが、慰安婦の強制連行はしていない。この事実を明確化する形で河野談話を修正する責任は首相官邸にあり、機は充分熟している。女性の名誉と尊厳同様、日本軍兵士として戦い今は靖国に祀られている男たちの名誉と尊厳も重要だ。事は安倍首相の決断に懸かっている。首相が踏み切れば、大使たちは立派に戦うだろう。(了)
産経 2014.1.31
【「靖国」後 (中)前半】
中国の世論戦激化 「事なかれでは済まない」受けて立った外務省
正月休み明けの1月初旬、東京・霞が関の外務省の一室に集まった同省幹部らは、一様に厳しい表情を浮かべていた。机上には、世界各国に駐在する中国大使らが、赴任国のメディアに投稿した安倍晋三首相の靖国参拝を批判する記事のファイルがあった。
「日本は第二次世界大戦後の国際秩序をいまだに受け入れない」
「中英両国は一緒に戦争に勝った」
中国の大使による投稿記事を分析していくと、共通した特徴が見つかった。
まず、首相の個人攻撃を行った上で「日本は軍国主義に戻りつつある」などと論理を飛躍させる。そして最後に「第二次大戦をともに戦ったわれわれに挑戦しようとしている」と相手国に中国は「戦友」であると呼び掛け、日本が「戦後秩序への挑戦」をしているのだと印象付ける論法だ。
これまでの日本の対外広報戦略は、感情的な反応は避けて、関係国への水面下の根回しで問題の沈静化を図るというものだった。それは「相手の土俵に乗る必要はない。下手に事を荒立て、かえって問題が大きくなるのはまずい」(幹部)との考えからだった。
とはいえ、今回は過去の事例とは事情が違う。中国は外務省が音頭を取り、組織的に「世論戦」を仕掛けてきた。日本の戦後の平和の歩みを意図的に歪曲しつつ、「戦勝国」と「敗戦国」という枠組みを使って対日包囲網を敷こうとしている。
「これほど下品な行為は見過ごせない。今回は売られたケンカは間髪入れず買わなければならない」
会議では幹部の一人がこう発言し、中国大使の投稿先の各国メディアに対しては、日本も例外なく反論の投稿を行う方針を決めた。
反論文では、中国が急速に軍備拡張を行っていることや、南シナ海で力による領土・領海の現状変更を迫っていることなど、具体例を挙げて「国際社会にとって危険なのはどちらか」と訴えることも決定した。
また、靖国参拝はあくまで戦没者追悼のためであり、日本は戦後、他国に向けて一発の銃弾も撃ったことはなく、軍国主義に戻ることはない−などと淡々と説明することにした。
外務省はただちに各国の在外公館に対し、こうした指針を「マニュアル」形式にまとめ、通達を出した。
中国外務省のホームページなどによると、30日時点で、中国の在外大使が現地メディアを通じて首相の靖国参拝批判を行った国は74カ国・地域(インタビューも含む)にのぼる。日本側は46カ国・地域で反論投稿を行ったほか、インタビューに際しても中国側と同分量での出演を求めている。
こうした日本の努力によって「アジアの国々は安倍首相の防衛予算拡大を静かに歓迎しており、むしろ中国の軍拡と海洋上の強固な主張をより懸念している」(英エコノミスト誌)という評価も目立ち始めた。
ある外務省幹部はいう。
「以前は事を荒立てる不利益の方が注目されたが、現在は国際的に力を付けた中国が、日本に真正面の戦いを挑んでいる。もう『事なかれ』では済まない」