『日本とインド』(文庫版のための追記)―日印の戦略提携に機動力を |
方向性が示されながら足踏みが続く状態を早く脱したいところだ。「調整を加速する方針で一致」とされる状態がいつまで続くのか。
おそらくインドが核兵器不拡散条約の調印国でないこと(が国内政治上問題になるのではないかと官僚機構の腰が引けること)が、種々ブレーキになっているのだろう。共産党中国に比べ、日本は明らかに機動力で劣る。
記事に続く一文は、櫻井よしこ国家基本問題研究所『日本とインドいま結ばれる民主主義国家―中国「封じ込め」は可能か』(文春文庫)所収の拙稿「武器輸出三原則緩和によって強化される日印戦略関係」の加筆部分「文庫版のための追記」である。
中日新聞 2014年11月14日
飛行艇「US2」輸出へ調整加速 日インド首脳会談
【ブリスベン共同】安倍晋三首相は14日夜(日本時間同)、インドのモディ首相とオーストラリア・ブリスベン市内で会談し、インドが関心を寄せる海上自衛隊の救難飛行艇「US2」の対インド輸出に向けて調整を加速する方針で一致した。日本の原発のインド輸出を可能にする原子力協定の早期妥結への協力もあらためて確認した。
会談はレストランで食事を共にしながら約1時間半行われた。安倍首相は「日インド関係の強みは活発な対話にある」と述べ、両国の防衛相会談や外務・防衛当局による次官級対話の早期開催を呼び掛けた。
■『日本とインド』文庫版のための追記
島田洋一(福井県立大学教授)
2014年4月1日、第二次安倍晋三内閣(2012年12月26日発足)は、それまでの「武器輸出三原則等」を改め、新たに「防衛装備移転三原則」を閣議決定した。
いわゆる護憲派からの「死の商人」批判などに晒されやすい「武器」という言葉を「防衛装備」に置き換えたことに加え、その海外移転を認めない場合を次の3点に整理した。
①当該移転が我が国の締結した条約その他の国際約束に基づく義務に違反する場合、
②当該移転が国際連合安全保障理事会の決議に基づく義務に違反する場合、又は
③紛争当事国(武力攻撃が発生し、国際の平和及び安全を維持し又は回復するため、国際連合安全保障理事会がとっている措置の対象国をいう。)への移転となる場合。
以上を従来の三原則と比較してみよう。武器輸出三原則では次の三つの場合が禁止対象とされていた。
共産圏諸国向けの場合
国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合
国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合
この内、まず①の「共産圏」はイデオロギー対立に基づく東西冷戦構造を前提にした概念であり、ソ連が崩壊して久しい現状にそぐわない。新原則がこの単語を排したのは自然であろう。一方、アメリカのように、法律に基づく「テロ支援国」指定制度がある国なら、「共産圏」を「テロ支援国」に置き換える等の対応があり得ようが、日本にはそうした制度はない。「我が国の締結した条約その他の国際約束」を縛りとするのは、ひとまず常識に適う。
②については、新旧の規定に特に差異はない。
③は正しい方向で明確化がなされたと言える項目である。「国際紛争の当事国又はそのおそれのある国」には禁輸するという従来の規定の問題性は、彼我の立場を入れ替えてみれば容易に理解できる。
例えば仮に、尖閣諸島をめぐり日中間に武力衝突が発生した途端、それまで武器や関連部品を日本に供与していた国が、日本は「国際紛争の当事国又はそのおそれのある国」になったため供与を打ち切ると通告してきたら、われわれはどのように感じるだろうか。その国との友好関係は瞬時に破綻し、敵対感情すら生まれかねない。自由・民主・法の支配・人権といった理念を共有する国が無法国家・集団の侵略を受けた場合、むしろ軍事面を含め支援を強化するのが普通の国の在り方であろう。
新原則でも、理念を捨象して「紛争当事国」への移転を禁じるとした点は変わらず、問題が解消されたわけではない。ただ、「おそれのある国」という曖昧な記述は除いている。さらに、「紛争当事国」の定義を「武力攻撃が発生し、国際の平和及び安全を維持し又は回復するため、国際連合安全保障理事会がとっている措置の対象国をいう」と狭く限定する形で明確化したことは評価できる。
すなわち、仮に中国がインドに対し、1962年の時のような武力侵攻に出た場合、従来の武器輸出三原則の規定では、被侵略国のインドも自動的に「紛争当事国」となり、日本からの防衛装備品供与は打ち切らざるを得ない。一方、新規定では、国連安保理が中印両国ないしインドのみに対する武器禁輸を決議しない限り、インドへの防衛装備品は供与し続けられる。
日本が安保理常任理事国ではなく、拒否権を持たない中、安保理に判断を委ねるのは自主性を欠くが、現実問題として、同盟国でありかつ基本的理念を共有するアメリカが常任理事国である中、侵略を受けた友好国に防衛装備供与を打ち切らざるを得ない状況はまず発生しないだろう。少なくとも、従来の規定に比べれば大幅に自縄自縛の度合いが減ったと言える。
なお、第二次安倍内閣の発足後に出された外務省「日本の軍縮・不拡散外交」(第六版、2013年3月)を見ても、2008年9月の原子力供給国グループ(NSG)臨時総会でインドを核兵器不拡散条約(NPT)の例外とする決定がなされ、日本も「大局的観点からコンセンサスに参加した」との事実に触れながら、なお「インドに対し、非核兵器国としてのNPTへの早期加入…を求めるとの日本の立場に変わりはない」との記述になっている。
こうした矛盾ないし現実離れした建前は、日印の軍事協力進展にブレーキを掛けたい内外の勢力に付け入る隙を与える。NPTの基本的性格とインド例外化の意味について、日本政府は広報啓蒙活動により力を入れねばならない。