ミャンマー横断パイプラインの戦略的重要性(国基研だよりより) |
国家基本問題研究所では、2月4日(月)、「習近平の中国に激震!日、米、アジアはいかに対処するか」というテーマで月例研究会を開催する(全国町村会館)。
会員向けに郵送する「国基研だより平成25年2月号」が刷り上がった。今回の特集は「国基研 ミャンマーを行く。民主化と開放体制をたずねて」である。2012年11月11日から17日にかけて、研究所の代表団が同国の首都ネピドーと最大商業都市ヤンゴンを訪れた。その帰国報告である。
私も一文を寄せた。「国基研だより」には盛れなかった何枚かの写真と併せ、引いておく。
■ミャンマー横断パイプラインの戦略的重要性
国基研企画委員、福井県立大学教授 島田洋一
われわれ国家基本問題研究所ミャンマー訪問団が帰国した翌日に、オバマ米大統領がミャンマーを初めて公式訪問した(2012年11月19日)。インドと中国に挟まれ、ベンガル湾に面した同国は戦略的要衝である。さらに中東の「民主革命」がイスラム・ファシズム勢力の台頭などで混乱する中、ミャンマー民主化はオバマ外交最大の「遺産」と位置づけられ、今後ますます積極的な関与策を展開していこう。
2011年4月1日のテイン・セイン政権発足以来、ミャンマーは急速に自由民主化を進めてきた。抑圧的な軍部独裁体制を支えてきた中国との密接な関係がどこまで修正されていくか、注目される。
同年9月30日にテイン・セイン大統領が発表したミッソン・ダム(イラワジ川源流にあり、発電量の90%が中国に送られる計画)の建設凍結は、中国から見ればミャンマー側の契約違反であり、大きな衝撃だったはずだ。
「中国から嫌がらせはありませんか」。面談したカン・ゾウ国家計画経済開発大臣に率直に聞いてみた。「賠償を求めてくる可能性があるが、中国にとってはパイプライン建設の方がはるかに重要。だから我慢している」との答が返ってきた。この認識は、他の政府高官にも共通するものだった。
中国がミャンマーに関して最重視するのは、ベンガル湾に面したラカイン州チャウピューの深海港化(大型船舶の出入りが可能になる)と、そこから雲南省昆明までを結ぶ石油・天然ガスパイプラインである(総延長900キロ。来年完成予定)。さらに並行道路・鉄道の建設も計画されている。
完成の暁には、中国は、ミャンマー沖の豊富な天然ガスはもちろん、中東からの石油・天然ガスも、マラッカ海峡、南シナ海を経ずに運び込み可能となる。仮に南シナ海や東シナ海で大規模な紛争が発生し海上交通が途絶しても、周辺諸国中中国だけは、エネルギー確保が可能になり、その分、戦略的に優位に立てる。中国にとっては垂涎の「陸上の橋」(ランド・ブリッジ)である。
しかし強引な土地収用を巡り住民とのトラブルも多数発生している。われわれが面談した民主化運動のリーダー、ココ・ジー、ミンコ・ナイン両氏(それぞれ獄中18年と20年)は、「ミャンマー国民のためになるのかどうかが重要」と事業の不透明性を衝き、情報開示とそれを受けた見直しに言及した。
議会で土地収用に伴う紛争を扱う「法の支配委員会」の委員長にはアウンサン・スーチー氏が就いており、今後さらなる政治問題化も予想される。間違ってもあってはならない事態は、日本の政府開発援助が、中国と軍事政権が組んだ土地収奪の尻ぬぐいに、住民補償などの形で使われることだ。日本からの援助は、日本企業が進出を考えている地域のインフラ整備などに集中的に使われるよう、厳しく監視していかねばならない。
いわゆる「ロヒンジャ」問題
米国内では、人権団体を中心に、オバマ・ミャンマー訪問を時期尚早と異を唱える声もあった。一つは、まだ獄中に残る政治犯の問題。これはミャンマー政府が追加の釈放に踏み切ることでほぼ解消された。もう一つが死者や大規模な放火を伴う衝突も起きている「ロヒンジャ問題」である。
欧米の人権団体やその影響が濃いメディアにおいては、ロヒンジャ問題を多数仏教徒による少数イスラム教徒の迫害、旧ユーゴのような民族浄化事件と割り切る傾向が見られる。
しかし、ミャンマー国民の多くは「ロヒンジャ」をバングラデシュからの不法移民と見ている(バングラ政府はこれを否定。したがって「ロヒンジャ」の人々には国籍がない)。「以前からミャンマー内に住んでいるイスラム教徒は何の差別も受けていない。問題は最近流入してきた不法移民」というのが、われわれが会ったミャンマー人ほとんどの意見だった。大統領政治顧問ココ・ライン氏は、「不法移民を認めないのは当然。国の存続に関わる問題であり、妥協できない」とそれまでの穏やかな話しぶりを一変させた。
アウンサン・スーチー氏も、「不法移民は認められない」と発言、前述の長く獄中にあった民主化運動リーダー二人も「人権の保護は必要。しかし不法移民を防ぐ措置も必要」と述べた。国連で人権や教育補助に長く携わってきたある女性研究者は、「ロヒンジャという言葉自体おかしい。これはラカイン州(バングラデシュと接するミャンマーの地域)に住む人々を意味するインド語。ベンガルからの不法移民と正確に表現すべき」と、われわれの問いに、入り口から注文を付けた。
オバマ大統領もヤンゴン大学での演説で、「ロヒンジャの人々もあなた方と同様の尊厳を有する」と言及はしたが、国籍問題などまでは踏み込まなかった。今回、ロヒンジャ側の当事者には会う機会はなかった。
この問題は一筋縄ではいかない、というのが今回の訪問を経ての印象である。日本としては、安易に白黒割り切らず、慎重に見極めていく必要があるだろう。