米国の東アジア外交を展望する(3)―『明日への選択』9月号 |
下記は、日本政策研究センターが発行する月刊『明日への選択』9月号に載った拙稿(インタビュー)のつづきである。
米国の東アジア外交を展望する(3)
福井県立大学教授 島田洋一
……
食料支援には絶対反対
島田 われわれは無論、食糧支援に反対だと明確に伝えました。そもそも送った食糧は飢えた子供たちに渡らず、秘密警察など弾圧側の体力と忠誠心の維持に使われる。つまり、非人道的だというのが第一の理由です。第二に、北朝鮮は核開発や強制収容所の運営に使っている資金を回せば、いくらでも国際市場から食糧を買えるのです。つまり、北への食糧支援は、間接的に核開発や強制収容所を支援しているのと変わらない。その意味でも非人道的です。
三つ目の理由は、交渉相手を引き出す呼び水として食糧支援が必要というのが国務省的発想ですが、北朝鮮はゆすり・たかり・たぶらかしのプロですから、事あるごとに「憤然と席を立つ」ことを繰り返す。すると、せっかく動き出した流れを潰してはいけないと、北の求める追加援助を行ったり、制裁解除をしたりという悪循環にはまるわけです。
ライス・ヒルの転落がまさにそうでした。北は、六者協議である程度歩み寄ると見せかけた上、ただし米側が金融制裁を解除しない限り金正日将軍としては次の一歩を踏み出しようがないと揺さぶりを掛けてきた。
そこでライス・ヒルは、ニューヨーク連銀を送金パイプに使うなど信じがたい手法まで用いて、一番効いていた金融制裁を解除したのです。まさに、相手を引き込む交渉の呼び水として出したはずのものが、逆にこちら側の譲歩に次ぐ譲歩の呼び水になってしまったわけです。
―― 今度の食糧支援も同じことになると。
島田 ええ。やはり最初に食糧支援に尽力した人たちは、タダ取りされると責任を問われますから、何とか成果につなげたいと焦り、そこを北に見透かされます。ほんの数年前、強硬派と目されたブッシュ政権下でそうした事態が起きたのです。
ライス・ヒルもまさか自分たちがあそこまで堕ちていくとは当初予期していなかったと思います。だから、早くから釘を刺すべきと考え、われわれはワシントンで、食糧支援に明確に反対してきたわけです。
繰り返せば、こうした問題については日本政府がもっと態度を明確にすべきです。安倍元首相の時代には首脳レベルでもある程度対米発信がありましたが、それ以降は全くよい意味での発信がない。今回、拉致議連の代表が議員外交のレベルで非常に具体的かつ踏み込んだ発信を行ったことは、米側にもインパクトを与えたと思います。ぜひこうした活動を継続すべきです。
中国への苛立ち 日本への不信感
―― ところで、最近の中国について、アメリカの保守派はどう見ているのですか。
島田 アメリカでは、自国が支配してきたシーレーンを脅かすだけに、やはり南シナ海問題への関心が高まっています。中国は露骨に、南シナ海のほぼ全域を支配下に置こうと軍事行動に出ていますが、これが容認されてしまえば、次はインド洋、東シナ海、太平洋とさらに触手を伸ばしてくるのは間違いありません。だから、まず南シナ海でアメリカの強固な意志を示し、個々には中国に対抗できない東南アジア諸国を鼓舞せねばならない、そうした意識が保守派を中心に相当強まっています。
ただ、アメリカは中国との経済的な依存関係も深まっており、自国が傷を負わずには踏み込んだ制裁など出来ない事情もある。だから、「こんな唾棄すべき全体主義者らとなんで仲良く振る舞わねばならないのか」という自嘲や苛立ちの声もよく聴きます。
なお、昨年の尖閣衝突問題について、保守派例えばヘリテージ財団の研究者らは菅政権の対応を強く批判していました。当時の前原外相は、尖閣事件直後にヒラリー国務長官と会談し、尖閣が日米安保条約の発動対象であるとの確認を求めました。ヒラリーは、尖閣は現在日本の施政権下にある以上、安保条約の対象になると述べたわけです。
ところが、日本政府は中国人船長を無原則に釈放し、尖閣は日本の施政権下にあるという主張の根拠を自ら弱めた。施政権下にあるなら日本の国内法に則った対応をすべきだからです。これではますます中国を増長させ、尖閣をめぐる日中紛争に米軍が巻き込まれる可能性も高まる。非常に迷惑であり、日本との同盟関係が果たして米国の国益に資するのかという議論にもつながりかねない――。保守派の中には、そうはっきり述べる人もいます。
前原外相がヒラリー国務長官とハワイで会談して日米の絆を再確認したなどと政権側は喧伝しますが、決してそうではない。特にアメリカの保守派の間では、日本の対中姿勢に不信感が募ったと思いますね。
なお前原氏は、親米というより媚米、というより媚国務省に近い人物で、国務省にとっては扱いやすく重宝されても、日本の国益を主張しつつ一目置かれる真の存在感は稀薄です。
インド洋と東シナ海をつなぐ南シナ海のシーレーン確保は日本にとっても重大な関心事項でなければならない。米側では、南シナ海でのプレゼンス強化のため、例えば、かつて米海軍の一大基地があったフィリピンのスービックを空母用に再整備する、その事業に造船技術に優れた日本に参加してもらえないかといった期待もあります。
日本がどう主体的に対応するか。最近アメリカでは、中国の海洋侵出に毅然と対応する国は尊敬する、そうでない国は侮蔑するという雰囲気すらあります。鳩山、菅と無責任な政権が続いたせいで、日本政府とはもはやまじめに戦略の議論はできないという諦念もアメリカでかなり広がってしまった。これは非常に残念なことだと思うのです。
(つづく)