朝日も米軍「トモダチ作戦」を好意的に報道―自衛隊は「作戦」がタブー |
産経新聞を中心に、米軍による震災救援活動「オペレーション・トモダチ(友だち作戦)」が詳しく報じられるようになってきた。
当初は、「見せ場を演出できるかどうかは見通せない状況だ」「ルース駐日米大使は…同盟国としての姿勢を強調したが、原発事故の影響で救援活動が続けられるかどうかも不透明だ」などと皮肉まじりだった朝日新聞も、本日の記事(27日ウェブ版)では、「沖縄の米海兵隊、孤立の島に救援物資 揚陸艇を活用」とわざわざ駐沖縄海兵隊に焦点を当てた素直な内容となっている。
日本の左翼は、誰か米兵が不祥事でも起こしてくれないかと、祈るような気分だろう。
わが自衛隊も精力的に活動を続けている。産経記事は、《米軍は初めは様子見だったが、自衛隊が命をかけて任務を遂行するさまを見て本気になった》というある隊員のメールを伝えている。
ただ、「トモダチ作戦」といった言葉は米軍ならでは、だろう。
自衛隊ではいまだに「統合作戦」はタブーで、「統合運用」という曖昧な表現を強いられるという。
そのように自衛隊を縛り、米軍を「平和の敵」「厄介者」扱いしてきた手合いが、いま日本の政権の中枢部を占めている。恥ずべき話、では済まない。下記エントリ参照。
■古庄幸一・元海上幕僚長の慨嘆―「作戦」「参謀」は一大タブー
http://island.iza.ne.jp/blog/entry/1541944/
米軍の「トモダチ作戦」苦戦 原発事故で一時退避も
2011年3月14日
東日本大震災の被災者救援のため、米軍は14日、「トモダチ作戦」と名付けた活動を本格化させる予定だった。だが、福島第一原発の放射能漏れ事故を受け、原子力空母などによる支援活動は一時停止。日本の対米感情を改善し、在日米軍の存在意義を改めて強調する機会だが、見せ場を演出できるかどうかは見通せない状況だ。……
ルース駐日米大使は14日の会見で「これまで日本は(災害救助の姿勢を)何度も何度も世界で証明してきた。その日本がこれだけひどく傷ついた今、今度は我々が駆け付ける時だ」と同盟国としての姿勢を強調したが、原発事故の影響で救援活動が続けられるかどうかも不透明だ。
沖縄の米海兵隊、孤立の島に救援物資 揚陸艇を活用
2011年3月27日
震災で連絡船の多くを失って孤立している宮城県気仙沼市の離島・大島に27日、沖縄に駐留する米海兵隊が物資を届けた。港以外の場所にも接岸できる揚陸艇(LCU)を使い、段ボール入りの救援物資や、クレーン車など電力会社の工事用車両を運んだ。
早朝、洋上に停泊している強襲揚陸艦エセックスから、第31海兵遠征部隊(31MEU)の隊員40人が揚陸艇で気仙沼港に上陸した。そこで物資を積み込み、大島に渡ると、島民とともに積み荷を下ろした。電気工事をする作業員も運び、一部で電気が復旧した。島内では、隊員らが放射線の測定もしていた。
地震の発生時、31MEUは災害救助の訓練をするために東南アジアにいたが、急きょ日本に戻ったという。輸送を指揮したウィリアム・アリック中佐は「このようなことが起きて我がことのように悲しく思う。ぜひ支援させてほしい」と語った。(川端俊一)
住民と一緒に、食料や水を陸揚げする米海兵隊員ら=27日午前9時52分、宮城県気仙沼市の大島、諫山卓弥撮影
産経
米軍救援活動に密着 命懸け「トモダチ作戦」
2011/03/27 00:59
東日本大震災の被災地や沖合で、「オペレーション・トモダチ(トモダチ作戦)」と名付けた救援活動を展開している在日米軍。「友」と日本語で刺繍されたワッペンを身につけた隊員は「作戦を誇りに思う」と胸を張る。……
イザ!ニュース
写真とメールが物語る 黙して語らぬ自衛隊員の姿
2011/03/27 21:05
東日本大震災での自衛隊による被災者支援活動は「最後の砦」である。隊員はその重みを感じながら黙々と働くが、肉体的、精神的疲労は日ごとに増す。身内に犠牲が出てもわが身を顧みず、被災地にとどまる隊員も多い。実績を声高に誇ることもなく、黙して語らぬ隊員の思いと労苦を隊員同士のメールや写真から検証した。(半沢尚久、《 》はメールの文面、写真は陸上自衛隊提供)
《海には数メートルおきにご遺体が浮いている》《幼い亡骸(なきがら)を目にすると、わが子とダブってたまらない》
地震に津波の被害が重なった大震災。遺体収容も自衛隊の重要な任務のひとつで27日までに4150体を収容した。写真は宮城県山元町で冷たい水に膝までつかりながら遺体を囲み手を合わせる隊員を写し出す。
日常的に遺体を扱う警察官と違い、慣れているわけではない。とりわけ、海に流された遺体と対面するのはつらい作業だという。……
《自宅が全壊、家族も行方不明という隊員が普通に働いている。かけてあげる言葉がみつからない》
身内に被害が出た隊員も被災者支援を続ける。
《被災地に来て12日目。風呂はまだ1回しか入れていない》《毎日、乾パンや缶メシと水だけ》
炊き出しで温かい汁ものの食事を被災者に提供しても隊員が口にするのは冷たいものばかりだ。写真は岩手県山田町でわずかな休憩時間に狭いトラックの中で膝詰めになり、冷えたままの缶詰の食料を口に運ぶ隊員を写す。……
大規模支援を買って出た米軍を鼓舞させたのも、そんな自衛隊員の姿だった。
《米軍は初めは様子見だったが、自衛隊が命をかけて任務を遂行するさまを見て本気になった》
東京電力福島第1原子力発電所では被曝の恐怖に臆することもない。17日からの放水活動の口火を切ったのも自衛隊だった。直後に米軍が放射能被害管理などを専門とする部隊約450人の派遣準備に入ったと表明したのは、米側が自衛隊の「本気度」を確信したからだといわれる。……