〈インタビュー〉 保守の復権を目指して (『教育再生』2月号)その2 |
下記は、前々回エントリに前半部を載せたインタビュー記事のつづきである。
『教育再生』(平成21年2月立春号)より
保守の復権を目指して(つづき)
元調査官が語る「教科書」「拉致」「オバマ」
島田洋一(福井県立大教授、日本教育再生機構代表委員、教科書改善の会賛同者)
聞き手・八木秀次(日本教育再生機構理事長)
……
村山談話は錦の御旗か
八木 田母神(たもがみ)俊雄前航空幕僚長の論文問題を契機に、ありとあらゆる政府機関や個人の見解が村山談話に沿っているかがチェックされようとしています。教科書検定にも影響を与えそうです。
島田 村山談話自体は一内閣の決定に過ぎず、別の内閣で修正すればよいのですが、江沢民が来日した際の平成10年11月26日の日中共同宣言において「日本側は、1972年の日中共同声明及び1995年8月15日の内閣総理大臣談話を遵守し、過去の一時期の中国への侵略によって中国国民に多大な災難と損害を与えた責任を痛感し、これに対し深い反省を表明した」と盛り込んでしまいました。公式の対外文書にして、わざわざ自らの手を縛ったわけです。
八木 安倍晋三元首相も同じことを「正論」2月号の対談で述べています。村山談話に代わる「安倍談話」を出そうとしたが、日中共同宣言をほごにすることはできなかったと振り返っています。
島田 もっとも、安倍さんもそこで断念してもらっては困るわけで、今後色々打開策を考えてほしいですね。
八木 麻生太郎首相は昨年10月2日の衆議院本会議で「御指摘の談話(村山談話)や平成17年8月15日の小泉内閣総理大臣の談話は、さきの大戦をめぐる政府としての認識を示すものであり、私の内閣においても引き継いでまいります」と、戦後60周年の小泉談話を持ち出しています。小泉談話は村山談話を踏襲しつつも「国策を誤り」を削って薄めたものです。こういうささやかな抵抗は行われています。
島田 外務省は村山談話が好きですから、OBの検定審委員を使うなど、これからも教科書検定に圧力をかけるでしょうね。
外務省チャイナスクール一派の最終目標は駐中国大使になることです。大使に限らず外交官は接受国のアグレマン(同意)が必要で、ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)として相手国に忌避されるとそれで終わりです。ですから、国益よりもまず中国共産党の意を迎えようとする人々が跡を絶たないわけです。
八木 正常化する方法はないのでしょうか。
島田 駐中国大使のポストに外務省のキャリア以外のしっかりした人を当てるというのも一つの方法でしょう。
それから教科書記述については、やはり、きちんと資料に裏付けられた見解が広く知られ、世論のバックアップが得られるよう努めていくことが大事だと思います。
例えば、〝日本の横暴の象徴〟として悪名高い「対華21カ条要求」について私は以前、一次史料を読み込み外交史料館に通うなどかなり詳しく調べたことがあります。いくつか論文をまとめましたが、そのうち京大の助手時代に書いた「対華21カ条要求―加藤高明の外交指導」という論文を私のブログに連載していますので、一読頂ければ幸いです。田母神氏を粗っぽい素人と揶揄した北岡伸一氏(現東大教授)が、自身いかに資料を曲解し、勝手に話を作り上げているかも詳しく検証してあります。
八木 産経のイザ!ブログですね。大変好評です。ところで、南京事件などをめぐる検定で調査官側は「通説」を振りかざしますが、彼らの言う「通説」とは「正論」や「諸君!」の論文ではなく、青木書店や大月書店の売れない本でもハードカバーの学術書なら通説になるわけです。
島田 共産党と社民党の支持者を合わせても国民全体の3%程度ですが、学界ではいまだに多数を占めています。アメリカも同じような状況で、社会科学系の大学教員における民主党支持者と共和党支持者の割合が7対1という調査もあります。
八木 アメリカにも教科書問題があるそうで、保守派の大物、パトリック・ブキャナンが著書『病むアメリカ、滅び行く西洋』で書いていますが、相当ひどいですね。
島田 誰も聞いたことのないような婦人解放運動家を何人も取り上げながら、海外でも知られる英雄的人物は無視しようとすると、かねてよりアメリカの保守派が憤慨しています。
日米の保守連携を
八木 そのアメリカですが、民主党のオバマ政権が誕生しました。北朝鮮問題への影響はどうなりますか?
島田 アメリカは2年前から北朝鮮に宥和的な〝国務省政権〟に変わったと思っています。国務省職員のほとんどは民主党支持者で、オバマ政権で国務省色がより濃くなることはあっても薄まることはないでしょう。日本は「わが道を行く」で、アメリカが何を言ってこようが独自の制裁を維持・強化すればよいと思います。
なお政府は、アメリカに日朝関係の仲介を頼むようなことはやめるべきです。仲介を頼むから、「じゃあ拉致問題『進展』の定義を教えてくれ。日本はどのあたりで妥協するのか」などと突っ込まれることになる。むしろ、アメリカが無原則な譲歩をしないよう牽制するという姿勢が重要です。
「家族会」「救う会」や拉致議連は、北のテロ支援国家指定を解除しないようアメリカ各方面に働きかけてきました。昨年、残念ながら、“すべて他人事”の福田政権が自ら無原則に制裁を緩め、誤ったメッセージを送ったため、解除されてしまいましたが、われわれの働き掛けである程度先延ばしができたという実感はありました。
八木 島田先生が拉致事件をめぐってアメリカで行ってきたことは一種のロビー活動ですが、中国は相当な資金を投入して議会工作を行い、一昨年、慰安婦問題の対日謝罪要求決議を下院で採択させることに成功しました。アメリカという世界の中心で、日本が道徳的に劣っている国であると宣伝したわけですね。
島田 慰安婦問題ではオバマ政権誕生に伴い懸念される点があります。国務長官にヒラリー・クリントン、国連大使にスーザン・ライスと女性がそろいました。中国系や韓国系の反日団体がここをターゲットに、「日本は20万人の女性を拉致して性奴隷にした。拉致被害を主張する権利などない」と攻勢を掛けてくることは間違いありません。水面下ではすでに相当活発な動きがあるとも聞きます。
八木 イスラエルのガザ攻撃じゃありませんが、アメリカの政権移行期を狙って中国などが慰安婦問題で攻めていて、問題が再燃するかもしれないというのは重要な指摘ですね。
島田 国連総会は昨年11月、拉致問題への言及を含む北朝鮮人権非難決議を4年連続で採択しましたが、北朝鮮側代表は常々、「日本人拉致は少数かつ解決済みだ。20万人の朝鮮女性が性奴隷にされ補償未解決の慰安婦問題こそ取り上げるべきだ」などと反論演説してきます。
これに日本の外交官がどう再反論するかというと、「北朝鮮がいう20万人という数字は誇張されている」「日本は繰り返し謝罪と反省の弁を述べている」の二点です。これでは反論どころか、「話半分として10万人ぐらいは性奴隷にしたのか」といった誤った印象を国際社会に振りまいているのも同然です。
八木 平成5年の河野談話に縛られているのでしょうか。
島田 以前、ある外国人に慰安婦問題で質問され、強制連行などないと説明すると、「でも日本の外務省の英語のホームページには強制連行したと書いてありますよ」と言われました。
調べてみると、確かに河野談話とその前年の加藤談話が大きく出ており、そういう印象になるのも無理はないと思いました。外務省の慰安婦問題に関するページは、濡れ衣をはらすという観点から全面的に刷新する必要があります。
八木 今の外務省にはできないでしょうね。
島田 ジョージタウン大学教授で日本思想史が専門のケビン・ドーク氏が産経新聞や「諸君!」で「日本の首相が靖国神社に参拝するのは当然」とする持論を述べ話題になりました。
彼に会ったとき、「慰安婦問題でも、海外の専門家が事実と常識に基づいて冷静に分析するという流れにならないものか」と聞くと、「あの問題だけはむずかしい」と言われました。慰安婦強制連行説の無理を指摘するレポートを書いた彼の知り合いが、抗議の嵐に見舞われ散々な目にあったそうです。やはりまず日本政府がしっかり反論せねばならないという思いを改めて強くしました。
八木 世界的に保守は劣勢に立たされています。かなり追い込まれています。
島田 元気な人は元気ですよ。例えばアメリカにことし85歳になるフィリス・シュラフリーという反フェミニズムの闘士がいます(写真)。外交問題でも論客です。彼女はフランクリン・ルーズベルト大統領に非常に批判的で、誰が本当の敵かわきまえず、スターリンや毛沢東を利してしまったと言っています。キッシンジャー流の親中デタント外交にもきわめて批判的です。
Phyllis Schlafly
八木 確か「正論」(平成18年11月号)に日本会議専任研究員の江崎道朗さんやジャーナリストの岡本明子さんがシュラフリー女史にインタビューした記事が載っていました。
島田 シュラフリーも高齢でなかなか活発には動けないでしょうが、彼女の弟子筋と八木さんあたりが中心になって日米保守のネットワークを作っていければ大いに意義があると思いますよ。
八木 公民教科書について伺っているうちに、グローバルな話題に広がってきました。私は保守勢力の現状に悲観的でしたが、きょう島田先生に勇気づけられましたので、世界的な保守の巻き返しのために島田先生とともに頑張っていきたいと思います。もちろん公民教科書についても今後ともご協力ください。ありがとうございました。
(おわり)