インタビュー・拉致議連訪米団 「議員外交」の手応え(下) |
以下、前回のエントリの続きです。
『明日への選択』の2008年1月号
拉致議連訪米団・「議員外交」の手応え
インタビュー 島田洋一
(つづき)
議員外交は官僚を「補完」する
―― 今回の議員外交には大きな手応えがあったことが分かりましたが、具体的な成果としては、どのように整理できますか。
島田 まず短期的な成果として、テロ支援国指定解除の時期を少なくとも遅らせることができたと思います。強調しておきたいのは、こうした遅延戦術が今、大変大事な時期だということです。
というのも、例えば十二月十九日に韓国の大統領選がありますが、そこで保守派が勝てば、状況は日本に有利に変化するわけです。北朝鮮がやけくそになって、再び無謀なことを仕掛け、六者協議が崩壊するような局面になる可能性もある。
また、北朝鮮のシリアに対する核開発支援疑惑で新たな情報が出てくる可能性もある。
だから、とにかく解除を遅らせたであろうこと自体、大きな成果と言えるのです。北朝鮮問題でボルトンのアドバイザーであるチャック・ダウンズも、皆さんの訪米は実によいタイミングだった、楽観はできないが、解除プロセスを少しでも遅らせることが非常に重要な局面だった、と強調していました。
一方、長期的な成果としては、日本の保守派の議員とアメリカの保守派の議員の連帯のきっかけができたことがあります。
ブラウンバックにしてもロスレーティネンにしてもローラバッカーにしても、アメリカの保守ハードライナーの中心人物です。
そういう議員と日本の保守ハードラインの中心、平沼拉致議連会長らは、お互いに基本的な理念や発想が似ています。だから、より共鳴しあえて、すぐにその共鳴が行動につながったという面もあったと思うのです。
今後長期的なことを考えると、今回できた保守派議員同士の連携をどんどん発展させていって欲しいと思いますね。
―― 最初に言われた在米大使館の心許ない現状を補完するという意味でも、この連携は重要ですね。
島田 そうですね。やはり外務省のエリート官僚は―われわれ大学教員もそうですが―、ややひ弱な面があり、敗北主義的姿勢に陥りやすい。
評論家のみならず、日本大使館を含む外務省幹部の中には、テロ支援国指定の解除は既定路線とあきらめ、国務省の言い分に理解を示したり、先回りしてダメージ・コントロールのみ考えたりといった向きもあります。
また、大使館を含む外務省ラインというのは日常的に接触するのが国務省ですから、お互いの貸し借りなどもある。それに大使館には国務省に対して喧嘩腰でやるというカルチャーが元々ありませんし、日本の大使館からアメリカの議員に対して強く主張するということも全くない。
ですから、そうした欠陥を埋めるものとしても、保守ハードライナーの議員による議員外交はとても大事だと思うのです。
ちなみに、今回の訪米団の背景には、福田首相になって大丈夫かという危惧の念もありました。
安倍首相はアメリカに対して、いかに自らが拉致問題解決に強い思いをもっているかはもちろん、テロ支援国指定解除に反対である旨も明確な形で伝えていました。ところが、福田首相の態度はどうも煮え切らない。
今回も議員団の訪米と前後して福田首相とブッシュ大統領の会談が行われたわけですが、日本に帰った福田首相は、「ブッシュ大統領は、テロ支援国指定解除にはかなり厳しい条件を考えているということを言った」と言うばかりで、首相自から「解除に反対する」とはっきりと伝えなかったことを示唆しました。これはとんでもない間違いではないかと思います。福田政権になって、日本政府のアメリカに対する発信力が弱くなったことは否めないと思います。
核「無能力化」をどう検証するのか?
―― ところで、六者協議の方ですが、アメリカがテロ支援国指定の解除をする上でのポイントとしては、核施設の「無能力化」とすべての核計画の「完全で正確な申告」が挙げられます。しかし、これらは約束していた年内には困難な見通しになりつつありますね。
島田 ええ。今の時点では、北朝鮮の完全申告なるものが、どこまで不完全な形になるかは予想できませんが、今後の重要なポイントは、北が出してきた申告をどう検証していくかという問題です。
そこで重要な意味を持つのがリビアとの比較です。リビアはテロ支援国指定が2006年6月に解除されたわけですが、それ以前に、核の廃棄を実現するため、核施設の解体とともに、海外搬出まで認めました。アメリカがリビアの施設を解体してテネシー州の施設に運び、そこで徹底的に調査した上で安全に処理をしたのです。しかも国際原子力機関(IAEA)の査察官のみならず、アメリカとイギリスの情報機関、すなわちCIAとMI6の要員による現地査察も認めるという態度をリビアは取りました。そこまでリビアは丸裸になって、なおかつ相当時間をおいた上で、テロ支援国指定が解除されたのです。
では、北朝鮮の場合はどうかというと、解体や海外搬出どころか、検証もない単なる申告の段階で、国務省はテロ支援国指定の解除を言い出しているわけです。そればかりか、小出しでなく一気に「廃棄」を実現したリビアの例があるのに、可逆的な「無能力化」という曖昧な中間段階を認め、さらに「無能力化」の内実もどんどん薄めています。これはいくら何でもおかしい。
核疑惑を持たれているイランなどはそうした経緯を踏まえ、アメリカ政府に対して北朝鮮のことを常に持ち出すらしいのです。北朝鮮に対してはこの程度でいいとアメリカは言っているではないかと。アメリカのリビアと北朝鮮に対する対応の大きな落差は、イランに対しても示しがつかない状況を生み出しているわけです。先に触れたようなアメリカの安全保障の専門家たちがライス・ヒル路線に疑問を呈し始めた背景には、こうした事情もあるのです。
日本の人権問題を見捨てた国務省?
―― これまで拉致問題で北朝鮮に散々騙されてきた日本人から見ると、六者協議でアメリカ側が北朝鮮に騙される結果となることは明らかだと思えるのですが……。
島田 もうすでに騙されていると言うべきでしょうね。そもそも二月の六者協議でできた「初期段階の措置」合意というのは、文面だけを見ると、日本以外の4ヵ国が100万トンの重油を出すのに対して、北朝鮮側が核施設を解体するというふうにも読める内容なのですが、しかし北朝鮮は一旦譲ったはずの問題を何度も蒸し返し、自分たちに有利な解釈を積み上げてきたのです。
こうした結果になるのは、アメリカ側が北朝鮮の無理難題をずるずると受け入れてきたからです。結局、北の主張に「ノー」と言うと合意が崩れてしまうのではないか、彼らが怒って席を立ってしまうのではないかということを恐れているからです。本日(十二月五日)の段階で、ヒル氏は、最初の申告が不完全であっても、そこで言い合いするような非建設的なことはしない方がいいと述べています。つまり、不完全な申告でも前向きの措置として認めるよと言わんばかりのメッセージを出しているわけです。
―― 完全に北朝鮮のペースに乗せられてしまっているわけですね。
島田 しかし、騙されていることを認めると責任を取らされるから、ヒル氏らは「一歩前進」という言い方をしています。いわば崖からズルズル落ちているバスの中で一歩前に進んで「一歩前進」(笑)と言っているようなもので、バス自体は崖から落ちて行っているわけです。現に、抽出済みのプルトニウムを使った核兵器製造には何のブレーキも掛かっていません。ですから、このままいけば、北朝鮮は重油や食糧支援、国際金融機関からの融資を充分せしめつつ、一部の老朽核施設のみ封鎖、肝心の核兵器は生き延びるということになりかねない。最も脅威を受ける日本にとって容認しがたい展開です。
もともと国務省には歴史的に宥和政策に走る体質があって、いわゆるゴロツキ国家に対しても、足して二で割る式の交渉をする傾向が文化としてあります。その点、日本の外務省と同じです。こうした国務省の体質についてボルトンなどは、国務省の官僚は「クライエント病」に罹っていると言っています。要するに、自分が対応する相手の国の身になって考え過ぎてしまう結果、相手国の弁護を始めてしまうという体質です。
少し前までは、ブッシュ政権内にあったハードライナーのネットワークがこうした欠陥の露出を防いできたわけですが、しかしボルトンは回顧録の中で述べています。「ディフェンスの選手がどんどん抜けた結果、国務省程度のオフェンスチームでも得点を上げられるようになった」と。
恐らくヒル氏らの本音は、このままだらだら交渉を続けても、その間に戦争も起きていないのだから、勝利とは言えないまでも、まあいいのではないかということなのだろうと思います。そういう発想が国務省にはあります。これは冷戦期もそうで、たしかに米ソ戦は起こらず、最終的にソ連は自壊した。もっとも、主としてロナルド・レーガンの強攻策の功績で、国務省は足を引っ張るのみでしたが。
しかし、人権蹂躙の被害者にとっては、だらだらした交渉は苦痛の継続に他ならない。結局、ヒル氏らにとって、金正日政権は、ワインをすすりながら取引の話をすべきクライエントであって、つぶすべき対象という感覚は全くないわけです。
「国民の怒り」を発信せよ
―― そうした国務省の現実を踏まえれば、拉致問題を解決する上で、日本の議員がアメリカの議員や大統領に直接にメッセージを発することがいかに大切かが分かりますね。
島田 その通りです。すでに述べたように、アメリカに向けて日本国民が怒るぞということをもっと強烈に示さなければならないと思います。それをせずに、福田首相のように「阿吽の呼吸」などと斜に構えていると、気がつけばテロ指定が解除されていたということになりかねません。
実は、ある元政府高官によると、ライスやヒルはブッシュ大統領に対して、「安倍首相は拉致に大変なこだわりがあったが、福田首相にはこだわりがない。テロ支援国指定を解除しても日米関係は大丈夫」とのレクチャーをしているそうです。
その意味でも、先の首脳会談で福田首相は、「解除すれば、いくら俺でも怒るよ」ということをブッシュ大統領にきちんと伝えるべきでした。それは、平沼拉致議連会長が、ワシントンを発つに当たって、首相への申し送り事項として大使館に念を押していた点です。福田首相は重要な機会を逸したような気がしてなりません。ヒル氏にしても、北朝鮮の核問題「進展」で点数を稼ぎたいという気持ちとともに、自分が日米関係を壊したという失点がついたら困るという気持ちもある。「日本が怒るぞ」というメッセージを伝えることは、国務省の官僚に対しても効果があるわけです。
この点で、私は日本はイスラエルの姿勢を見習うべきだと思うのです。イスラエルは九月六日、シリアの核疑惑施設を爆撃しましたが、その一方では度々議員団が訪米してアメリカの議員に会い、いわば脅しのようなことをまさに議員外交で言っているのです。もしイランの核開発をアメリカが本気になって止めないと、イスラエルは軍事的解決に乗りださざるを得ないが、そうなれば中東は本当に大混乱に陥るだろう、と。
例えばチェイニー副大統領は何よりイランの核問題を任期中に片づけたい意向のようですが、その背景の一つに、議員外交の面でイスラエルが日本よりも踏み込んでやってきたという実績があると思います。
日本人の中には、ブッシュ政権は中東に関心が行きがちで、北朝鮮問題は二の次になっていると嘆き節を述べる人がいますが、そうなる一つの理由は、日本からの圧力が弱いからです。議員外交を活発にやっているイスラエルに相対的に押されてしまっているという面があるのです。今の日本は嘆き節を言っている場合ではなく、怒るぞということを明確に言うべき時なのです。
(十二月五日取材。文責・編集部)